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心の中にヒカリを

3月3日の三陸新報が「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの本年開催が休止となったことを伝えていました。

ヒカリ休止

三陸新報3月3日掲載記事より


同プロジェクトが今年の開催を休止することにした理由は、すでに2月26日のブログでお伝えしました。ひとつは〈7回忌(正確には6年目)を過ぎ、それぞれの日常を取り戻す時期を迎えていると感じた〉こと。もうひとつは〈一昨年よりプロジェクトからも検討委員として参加してきた「気仙沼市復興祈念公園」の計画が次のステージへ進んだ〉ことです。三陸新報の記事では〈7回の開催を経て、一度立ち止まり、振り返る時間が必要と考えた〉と紹介しています。

その記事では、実行委員会の斉藤道有(みちあり)さんが市役所を訪れ、菅原市長に休止に至った経緯を報告した様子を紹介していましたが、そのお二人それぞれの印象に残る言葉がありました。

まずは道有さんの〈気仙沼湾から夜空へと立ち上がる3本の光は、見えないものたちをつなぐ風景となり、多くの人たちの記憶に刻まれた〉という言葉。そしてこれに対する菅原市長からの〈気仙沼の3月11日にふさわしい情景をつくっていただいた。音のない光が被災者にとって、大事な時間となった〉とのねぎらいの言葉。

私は、〈見えないものたちをつなぐ〉〈音のない光〉〈大事な時間〉などの言葉に、「3月11日からのヒカリ」プロジェクトの重要な意味を感じました。

東京で暮らす私は残念ながら一度も〈3月11日からのヒカリ〉を見たことがありません。それでも、ネットを通じての画像などをたよりに、3月11日の午後6時すぎには天候に左右されることなくクリアな3本のヒカリをイメージすることができました。そんなことを思い出すと、もしかするとサーチライトから放射される3本のヒカリは、人の心に光をともすための仕掛け/手段に過ぎなかったのかもしれないなとも感じます。

7回の開催を経て、3本のヒカリのイメージは多くの人の心に深く刻みこまれました。そして今年の3月11日。多くの人がその心のなかにそれぞれの仕方でそれぞれの光をともすことでしょう。

2月25日ブログ「復興祈念のヒカリ」
 

追記:
震災から8年が経つにあたって、ほぼ日さんの〈東北への旅〉企画が始まっています。「2019年3月11日 これまでとこれからを歩く」



ほぼ日の糸井重里さん、ニットデザイナーの三國万里子さん、料理家のなかしましほさん姉妹、 建築家の三浦志朗さんらが、それぞれにゆかりのある、復興にむけて進んできた町々をたずね歩きます。そして3月11日には気仙沼に大集合。3月8日から約3日間のテキスト中継が始まっています。是非ご覧ください。

ほぼ日/テキスト中継
 
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テーマ : 気仙沼
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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