FC2ブログ

まるきたの北の字

2月2日の三陸新報の連載「わが社の屋号」は、気仙沼市弁天町の〈まるきた商店〉さんでした。屋号は○印に〈北〉。


2月2日マルキタ
三陸新報2月2日記事より


まるきた商店は、喜多昭さんが気仙沼駅前で創業しました。はじめは米や大豆、小豆などを扱う雑穀屋さんだったそうですが、漁船にも米を提供するようになったことをきっかけに1968(昭和43)年に現在の会社を設立して本格的に船舶仕込み業に乗り出しました。

屋号の〈北〉の字は、名字の〈喜多〉にちなむとのことですが、喜多家のルーツを知ると、北海道の頭文字であるようにも感じられます。昭さんの父親が北海道の方だったのです。大工さんをしており、気仙沼小学校の建設に携わったのをきっかけに気仙沼に移り住んだと。私たちも学んだあの木造校舎でしょう。

荒木英夫編『気仙沼文化史年表』によれば、あの校舎が完成したのは1924(大正13)年3月21日(移転は1926/大正15年4月)。その44年後1968年には現在の会社を設立しました。1987年には漁船漁業に参入し、現在は第17祐喜丸と第77祐喜丸の2隻を所有しての近海マグロはえ縄漁業と船舶仕込みなどを主な業務として展開しています。

記事での紹介はありませんでしたが、まるきた商店の現在の代表は斎藤まゆみさん。まゆみさんは株式会社 KESEMO MARINUS(ケセモ マリナス)の代表もつとめています。同社は2013年に発足した気仙沼水産資源活用研究会が開発した化粧品「MARINUS」(マリナス)の販売元です。この商品が気仙沼産の高品質なフカコラーゲンを使用した化粧品であることは皆さんご存じのことでしょう。

気仙沼小学校完成時から数えると今年で95年。その間の3代がそれぞれおこなってきた事業転換や新規事業への挑戦。それは、北の大地、北海道に根ざすものかもしれません。

まるきた商店/公式サイト
 
スポンサーサイト



テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : まるきた商店

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示