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カネヒデ吉田商店

一昨日に続いて本日も三陸新報の連載「わが社の屋号」のご紹介。第13回目に同級生が営む会社が紹介されていました。吉田久雄君(3年6組)のカネヒデ吉田商店です。

1月22日カネヒデ2
三陸新報1月22日記事より


カネヒデさんがサメ肉をメインに扱っていることは皆さんご承知のとおりです。ヒレのほか、練り製品用の正肉加工などもおこなっています。今回の記事には、サメを扱うことになったきっかけが記されていました。

久雄君の父親で初代となる吉田秀雄さんが、上京のために乗った汽車でひとりの中国人と出会います。横浜中華街などでフカヒレを扱っていた個人業者でした。秀雄さんが気仙沼出身と知ったその人から「ぜひサメを買い付けして、届けてほしい」と頼まれました。それまでは、幸町でサバやサンマを缶詰工場に運搬する仕事をしていたそうですが、その依頼がその後の商売の大きな転機になったというのです。

もし秀雄さんが汽車のなかで中国人と出会うことがなければ、その後の仕事というか人生も大きく違うものになっていたかもしれません。その善し悪しは誰も知ることができませんが。そして、あれが事業転換の大きな契機となったと振り返ることができるのは、ずいぶん時間が経ってからのことなのでしょう。

記事では住所が川口町となっています。震災で被災した後に、カネヒデさんが仕事を再開したのは、中小企業整備機構が気仙沼市松崎前浜に設けた小規模水産加工業者向けの仮設施設でした。その事業再開は、NHKテレビでも紹介されました。

中小企業整備機構が気仙沼市内に整備したのはこのブログでも紹介したように67施設。店舗(19)、事務所(16)、工場(19)、倉庫(2)、漁業作業場(11)でしたが、このすべての事業が2018年度で終了しました。これに伴う仮設商店街店舗の閉店については説明の必要もないでしょう。カネヒデの川口町での社屋再建がいつだったのか詳しいことはわかりませんが、中小企業整備機構さんのそれまでのご支援などがあってのことだったと思います。

記事の最後に久雄君の長男である吉田健秀さんが紹介されていました。健秀さんはカネヒデの仕事に加えて、株式会社さんりくみらいの設立に参加して、ネット販売サイトの極上市場「三陸未来」の展開にも取り組んでいます。〈さんりくみらい〉については、このブログでも何度も紹介しておりますので、今回は省略。

何年先のことになるのかわかりませんが、カネヒデ吉田商店さんが〈いまこうしてあるのも被災を乗り越えてきたあの日々のおかげ〉と振り返ることができる日の到来を願っております。

2012年5月8日ブログ「吉田久雄君の話」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : カネヒデ吉田商店 吉田久雄

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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