映像: 3.11気仙沼

おとつい2月21日のブログで、気仙沼の2月17日現在の映像を紹介しました

hiranoさん(平野君かな)からは、拍手コメント欄につぎの投稿をいただきました。

「はじめての、近くからの港の動画を、目をこらして見ました。記憶していた場所が、あまりにもすさまじく変貌していたことがとてもつらく、ショックを受けています。愛する気仙沼の未来を心より見守っております。映像をとってくれた方、ありがとう」

音声もなく淡々とした映像でしたが、気仙沼をよく知る人が見れば、失われたものの大きさがすぐにわかります。しかし、がれきがほぼ片付けられたあの風景を、よその人が見ても被災のすごさがわからないかもしれません。私などは、高い建物が残っているのを見ても、〈あの建物の屋上近くまで津波がきたんだ〉と、その〈水の深さ〉を感じてしまったのですが。

そうした津波のおそろしさは、つぎの映像を見てもらえば、よく理解できるのではないでしょか。3地点、1:気仙沼土木事務所 2:ホテル望洋付近 3・4:河北新報社前からの4画面映像です。

気仙沼市内3地点における同時刻津波映像(約10分)

この映像は、nbsn1979さんによって2011年04月22日にアップロードされました。

すべて既に見た映像なのです。2のホテル望洋付近からの映像には避難する私の母もうつっています。しかし、時間を同じにして並べられると、3月11日のその時の緊迫感が、見ているこちら側にも伝わってきます。伝わりすぎるぐらいに。

津波の映像は、被災者のつらい記憶を思い起こさせるので紹介を迷うところです。しかし、その記憶の風化が早くも語られるなか、記録としてここにも記しておきます。

21日に紹介した映像にうつる風景の多くは、この津波のなかにあったのです。

2012年2月16日ブログ「映像: 気仙沼の今
2011年9月10日ブログ「母の見た風景
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 3月11日からのヒカリ

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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