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三陸ホタテ黎明期

読売新聞「時代の証言者」で畠山重篤さんの連載記事が始まったことは、12月17日のブログでもお知らせしました。毎回これまで知ることのなかった話が紹介されているのですが、1月7日の第12回目では、ホタテの養殖に成功したことが記されていました。唐桑地区でのホタテ養殖の創始期に関する話を聞いたことがなかったので大変興味深く読みました。要約して紹介いたします。

読売新聞4
読売新聞1月7日朝刊記事の一部イメージ(写真:右側が重篤さん)

重篤さんは、小学校5年生の頃に旅行の本を買ってもらって以来、地図を見ては世界に思いをはせる少年だったそうです。祖父の代から「リーダーズダイジェスト」を購読しており、三陸の田舎なのに海外はわりと身近だったとも。

気仙沼水産高校時代には月刊雑誌「旅」を定期購読し、同級生と全国の有名水族館なども巡りました。そして高校生の夏休みに、雑誌「旅」が企画したオホーツクへの旅に参加します。そこで初めてホタテの刺し身を食べ、世の中にこんなうまいものがあるのか、と感動するのです。当時の三陸にホタテはありません。〈三陸で初のホタテを養殖――。それが夢になりました。〉

そして、父親から仕事を継いだ頃、カキの水揚げのない夏の収入になればとホタテの養殖に具体的に取り組みます。1962年の6月に北海道に渡り、ホタテの稚貝を譲り受ける段取りをつけました。そして、20歳になったばかり(たぶん1963年)の秋、有珠湾からホタテ稚貝の輸送を試みます。〈海水を染みこませたスポンジの間にサンドイッチ状にはさんだ稚貝を一斗缶に入れ、それを愛用のリュックサックで運ぶ作戦〉

有珠(うす)湾の最寄り駅である洞爺から函館駅まで2時間、青函連絡船が4時間、青森から気仙沼までは、一ノ関駅での乗り継ぎ時間を含めて列車で約7時間。最終列車で夜中の11時半に気仙沼駅に着いて、迎えに来た父と船で舞根湾に戻り、水槽に稚貝を並べて祈るような思いで眠りました。

しかし翌朝、300個の稚貝は全滅していました。原因は、盗まれないようにとずっとリュックを背負っていたこと。背中の体温が稚貝を温めてしまったのです。〈このため次からは、リュックをおろして輸送したり、一斗缶に氷を入れたりして温度調節に成功。3年目にはホタテ養殖は軌道に乗り、チリ地震津波での借金を返済できました〉

チリ地震津波は1960年。これにより、養殖カキのイカダが流され大きな被害を受けていたのです。文中の〈3年目〉がいつからなのかがはっきりしませんが、輸送に初挑戦したときから3年ということであれば1966年にはホタテ養殖が軌道に乗ったということでしょう。

気仙沼市史4巻「近代現代編」によれば、気仙沼湾におけるカキ養殖は、鹿折村浪板の小野寺清さん が先覚者です。大正15年に岩に着生した天然カキを採集して海底の砂地に直播きしたそうです。そして昭和5年には、筏での垂下式での養殖に成功。むき身をブリキ缶に入れ東京築地市場に出荷して好評を得たといいます。読売新聞の連載の第9回「かき研究所 入りびたる」に詳しく述べられている、東北大農学部の今井丈夫教授が唐桑の舞根に財団法人かき研究所を設立するのは昭和36年(1961)のことになります。

市史でのカキ養殖の記述も2頁半とわずかなものなのですが、ホタテの養殖についての記述は見つかりませんでした。それだけに、気仙沼地区のホタテ養殖が唐桑町の舞根(もうね)湾から始まったということに新鮮なおどろきがありました。まさに、三陸における養殖ホタテ黎明期についての証言といえるでしょう。

なお、記事中にある重篤さんの父は司さん。第6回記事によれば7人兄弟の次男で、旧制横浜専門学校(現神奈川大学)貿易科で学び、中国の重慶で採掘された鉄鉱石を八幡製鉄所に運ぶための船を手配する仕事についたそうです。旧制気仙沼中学に通学とあったので名簿を見ると昭和9年3月卒の旧制気中3回生です。剣道や野球などのスポーツマンだったものの泳げなかったそうです。しかし、1947年にカキ養殖を始めました。重篤さんは〈食糧不足の時代、家族を養うために、櫓をこいで海に乗り出した父には、頭が下がります〉と。そして祖父の清成さんは三陸地方から遠く熊本の旧制五高に進み、唐桑村長もつとめています。そんなこんなのファミリーヒストリーもとてもおもしろい。

この読売新聞〈時代の証言者〉重篤さんの連載は金曜と日曜はお休みですが、あと半月ほど続きます。これからの話も楽しみにしているところです。
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 畠山重篤 森は海の恋人

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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