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7年半の捜索努力

12月13日のブログで、10月に佐藤才子さんの遺骨が見つかり、12月11日に夫の信行さんに引き渡されたことについてお伝えしました。このニュースは多くのメディアでとりあげられていましたが、きのう12月17日の読売新聞夕刊〈ズームアップ〉でも大きな記事として掲載されました。

ズームアップ
読売新聞12月17日夕刊掲載記事の紙面イメージ


大きな写真は、防潮堤の工事が進む海岸で12月9日におこなわれた読経の様子です。青色の服を着てで手を合わせているのは、震災後に生まれた才子さん夫婦の孫娘とのこと。

〈小、中と一緒の学校に通い、高校卒業後に地元の青年会で再会。20歳で結婚し40年間、二人三脚でイチゴを栽培してきた。資金繰りや不作に苦しんだこともあったが、「おっかあは愚痴一つ言わず、いつもほほ笑んでくれたんだ」。あの日、才子さんは海抜11メートルの高台に逃げた。才子さんを含む93人が避難していたが、津波が全てをのみ込んだ。一緒に避難した母・しなをさん(当時87 歳)は震災の1か月後に見つかったが、才子さんの行方は分からなくなった。〉(引用は以上)

この夕刊記事の宮城県内版での扱いがどうなっているかはよくわかりませんが、下記の読売オンラインで読むことができます。

読売オンライン/ズームアップ

佐藤信行さんはいま67歳。学年でいえば私たちと同じかひとつ上でしょう。それだけに余計みにつまされるのです。記事にある小・中は、階上小・階上中ではないかと推測しています。

信行さんは、「見つけて供養して成仏させてあげたい」と、月命日に海岸沿いを捜索し続けてきたといいます。記事の左下にある気仙沼警察での署員の皆さんの敬礼の姿をみると、支援者の皆様も含め、捜索活動関係者の皆さんと信行さんのこれまでの関係が伝わってくるような気がします。7年半にわたる懸命の努力がこうして報われたということでしょう。

佐藤才子さんのご冥福を祈るとともに、関係者の皆様のご努力に深く敬意を表します。

12月13日ブログ「まだ帰らぬ皆さん」
 
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 佐藤信行 階上

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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