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「臼福」ファミリー

三陸新報の連載「わが社の屋号」10月19日掲載の第8回目は臼福本店さんでした。

臼福本店
三陸新報10月19日記事の一部イメージ


臼福本店の屋号は「チガイヤマ ホシイチ」(違い山 星一)と呼ぶそうです。知らなかった。記事のなかで、4代目で会長の臼井賢志さん(76)も、〈屋号で呼ばれることはまずありません〉と語っています。〈屋号〉といっても、印(マーク)と名称(ネーム)の二つの側面があるということでしょう。

臼福さんは、初代の臼井福治郎さんが魚町で1882(明治15)年に創業したそうです。マグロやカツオなどの魚問屋としてスタートしましたが、1939(昭和14)年に3代目の福治さんが漁船漁業経営に乗り出しました。遠洋カツオ船やトロール船なども手がけた時代があったそうですが、現在は遠洋マグロ船6隻を所有し世界の海で活躍しているとのこと。

記事にあった屋号の由来が大変興味深いものでした。初代の福治郎さんが創業する前に奉公していたのが八日町の老舗「浜田屋」で、その屋号が「チガイヤマ ジュウイチ」。福治郎さんが独立するときに、「ホシイチ」としてのれん分けされたというのです。「浜田屋」さんは、醤油や味噌、清酒の醸造元。昭和の時代にはスーパーマーケットのハマダを経営していました。ジュウイチ(十一)の印は、プラスマイナス(±)のような組み合わせです。『けせんぬま写真帳』(昭和52年 気仙沼商工会議所発行)に、大正11年当時の濱田酒造店の写真が掲載されているのですが、その看板に清酒銘柄「濱松」の名が記されています。

三陸新報の記事に紹介されている写真は、1937(昭和12)年ごろの臼福本店。私の記憶にある魚町海岸通りの建物はこれと同じです。たしか外壁は銅板でふかれていたように思います。

のぼりにあるお名前は「臼井壯志」さん。〈武運長久〉〈歓送〉の文字が見えますから出征記念の集まりでしょう。壯志さんというのは、年代からすると福治さんのご兄弟かなと思ったのですが違いました。私も生前の姿をよく知る3代目の福治さんが襲名する前の名とのこと。〈たけし〉さんと読むそうです。2代目である福治さんはお婿さんで本名は賢吾でした。

4代目の賢志さんの名には壯志さんの〈志〉と賢吾さんの〈賢〉が、そして壯志さんの〈壯〉は孫で5代目の現社長 壯太郎さんの名に引き継がれているということでしょう。

こうした細かな話は臼福さんの親戚である臼井真人(まこと)君(3年2組)に聞きました。真人君のお父さんは3代目の福治(壯志)さんの弟(三男)。その間の二男は、臼井弘君(4組)のお父さんです。臼真倉庫、福寿水産と、それぞれが父親から受け継いで経営する会社には〈臼〉と〈福〉の字が冠されています。これもある種の〈のれん分け〉といってよいでしょう。

本日は、魚町の臼福さんファミリーストーリーということで。
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼 臼福本店

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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