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かくいち勝倉漁業

8月21日の三陸新報の連載「わが社の屋号」第4回目は勝倉漁業さんでした。所在地が〈弁天町〉となっていますが、震災前までは魚町の海岸通り、文字通り〈屋号通り〉に社屋がありました。津波で被災し、弁天町に新事務所を設けたのですね。


勝倉漁業
三陸新報8月21日記事


記事によれば、屋号の呼び名は〈かくいち〉。私にとって同社は〈勝倉さん〉であって、この〈かくいち〉はあまりなじみがありませんでした。創業は大正時代で、初代の勝倉和平さんが魚町に勝倉商店を設立、鮮魚仲買と回船問屋業を営んでいたそうです。

マグロ船による漁業経営に乗り出したのは1945年(昭和20年)のことだといいます。終戦の年。和平さんの長男、和太郎さんが2代目・和平を襲名したのを機に、木造カツオ船「第1勝栄丸」(しょうえいまる)(150トン)を建造しました。現在は会長をつとめる3代目の勝倉敏夫さん(77)は「2代目の父にはよく、『乗組員にうそを言ったり、だましたりしてはいけない』と言われた。乗組員が働きやすい環境を第一にという考えは、今も変わらない」と語っています。

現在の社長は4代目の勝倉宏明さん。4隻の勝栄丸船団で遠洋まぐろ延縄漁を展開しています。各船の活動の様子は、〈勝栄丸ブログ〉で詳しく紹介されています。同ブログでは、自社船団だけでなく、問屋としてお世話する漁船のことや気仙沼の漁業・水産業なとの動きが紹介されています。こちらも是非ご覧ください。

勝栄丸ブログ

勝倉さんの屋号「かくいち」をながめていて、魚町の漁業家で四角の中に文字を記した屋号をいくつか思い出しました。まずは菅原家「かくだい/角大」、それから畠山家「かくじゅう/角十」。佐々木徹君(3年1組)の家の左隣には「かくへい/角平」さんもあったなあ。

こうして思い出した3つの屋号で現在まで漁業を継続しているところはありません。私が高校生のころでしょうか、気仙沼の遠洋漁業経営がなかなか難しい時代になってきていて、漁業経営から撤退する会社が相次ぎました。今回の連載記事で紹介される屋号は、そうした難しい時代を生き抜いた屋号/会社ということになるのでしょう。

この三陸新報の連載「わが社の屋号」は、そうした気仙沼の漁業、水産業の歴史の一端を読者に興味深く知らせる良い企画であると感じています。

勝倉漁業(株)ホームページ
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼 勝倉漁業 勝栄丸

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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