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いわれのない批判

本日9月4日の三陸新報に、気仙沼市魚町の防潮堤が権の施工ミスにより22cm高く施工されてしまった問題についての記事が掲載されていました。宮城県が、きのう9月3日日に県のホームページに、魚町住民への謝罪やミスが起きた経緯などを掲載したというのです。

9月3日

三陸新報9月4日記事より(クリックで拡大)


私は〈県がHPで謝罪〉という見出しなどから、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られたというお詫びなどが、あらためてホームページで公開されたのだろうと推測しました。しかし県のホームページを見てみると、ちょっと違っていました。気仙沼の地域住民に対する県民からのいわれのない批判に対して、県から県民に対してきちんと説明しますという内容でした。ホームページ上の記事がちょっと見つけにくいのですが、つぎの赤字をクリックすればジャンプします。

宮城県9月3日更新「気仙沼漁港魚町地区防潮堤の施工ミスについて」

まずは「県民の皆様へ」と題する村井知事名での800字ほどの文章が掲げられています。私なりに主旨をまとめるとつぎのようなこと。

施工ミス以降、地域住民が県民からいわれのない批判を受けているとの話を受けた。そのような批判があるとすれば、県民に誤解を生じさせた私たち(県)の責任である。地域の皆さんには大変申し訳ない。ついては、県民に正確に理解してもらうために、これまでの経過、経緯をホームページ上でも下記のとおり公表することにした。早くからこのように公表すれば、地域住民への県民からの批判的意見は出なかったのではないかと反省している。内湾地区の皆様に多大なるご迷惑をおかけしていることに改めてお詫び申し上げるとともに,県民の皆様にご心配をおかけしていることにお詫び申し上げる。

そして公表された資料はつぎの5テーマ7資料です。
1) 防潮堤高さに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料1)
2) 魚町地区防潮堤工事の施工ミス概要図(資料2)
3) 魚町防潮堤工事の施工ミスに至った原因と経過(資料3・4・5 )
4) 施工ミスに関する内湾地区復興まちづくり協議会等との協議経過(資料6)
5) 「魚町地区防潮堤工事施工ミスの県の対応に関する協議会としての見解」に対する県からのお詫びとお願い(資料7)

上記の資料7が、8月14日付けで内湾地区復興まちづくり協議会に送られた県からのお詫びとお願い文書です。3頁の内容です。これについては、8月21日の三陸新報がつぎの記事を掲載していました。

詫び状

三陸新報8月21日記事より


この記事については、内湾まちづくり協議会からの反応があったときに合わせて紹介しようと思っていましたが、その前に県の県民への新たな情報発信がなされました。

また、きのう9月2日の三陸新報では、一面トップの〈ニュースを追って〉で、この魚町防潮堤施工ミス問題について〈県と住民が膠着状態/地元は「造り直し」揺るがず〉との見出しで記事を掲載していました。そのなかに、〈県のホームページに住民の名誉を回復させるための文章を載せて県民に広く発信する予定という〉との記述がありました。それが上記のホームページ記事だったのですね。

なお、この三陸新報の記事では、〈県民からの地域住民に対する批判〉ではなく、気仙沼市内からの魚町住民に対する異論を紹介しています。〈22cmぐらいいいのでは〉〈いつまで引きずるのか〉といった声。これに対して魚町地権者の〈魚町の住民はわがままを言っているという声もある。われわれの生の声や考え、思いが伝わらず、市民から浮いてしまっている〉との声も記していました。

魚町<南町<内湾(魚町・南町)<市民<県民という各層の意見の相違があって本当に複雑です。まさに〈膠着状態〉としか言いようがありません。本日は私としての考えは控え、9月3日の県の文書の紹介にとどめておくことにいたします。

8月10日ブログ「県の対策案を拒否」
 
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テーマ : 気仙沼
ジャンル : 地域情報

tag : 気仙沼 防潮堤 内湾

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県政の体質

魚町堤防問題は高さの問題ではありません。県政の体質が問題だろうと思います。県政が地域住民の要望をあまり取り入れず、自分たちだけで作った事業計画で強く押し切ろうとする、こういうことは他にも相当見受けられます。「堤防よりも避難路を」という住民の声を無視した結果でありましょう。
しばらく前にあった「新月ダム問題」とまったく同様です。この時の市長は県政の顔色をうかがいながらの市政となり苦渋の対応を余儀なくさせられた。今度は息子さんが同じ目にあわされているわけです。
まちづくり協議会の皆さんは、正しいものは正しいとしてしっかり主張するようにお願いします。

Re: 県政の体質

コメントありがとうございました。私も防潮堤をめぐる議論のなかで、新月ダムのことを思い出し、2013年にブログに書きました。
http://kechu20.blog94.fc2.com/blog-entry-859.html
ダム建設の説明会が1974年。菅原雅さんは1973年から1993年までの20年間市長をつとめましたが、ダム建設計画の休止は1997年のようですね。いろいろとご苦労があったと思います。それにしても、今回の施工ミスは本当に残念。本日のブログでも少し書きました。今後ともよろしくお願いいたします。

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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