FC2ブログ

追憶 みなとまつり

いよいよ明日からは第67回 気仙沼みなとまつり。ということで、本日はこれまでのブログで紹介した昭和のみなとまつりの写真を再掲します。まずは昭和28年の第3回みなとまつりから。2015年〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダー7月8月に掲載されていた写真。〈旧気仙沼魚市場前をねり歩くみなと祭りの風景/昭和28年8月〉です。(画像はすべてクリックで拡大します)




この年の6月1日に気仙沼町・鹿折町・松岩村の2町1村が合併して気仙沼市が誕生しています。そのためにこの年のみなと祭は、〈市制施行記念〉として8月15日に開催されました。写真にうつる場所は、左が元の市営駐車場があったところ。旧魚市場かもしれません。魚市場が内ノ脇に移転したのは昭和31年です。右側は気仙沼漁協があったところでしょうか。

写真掲載ブログ:2015年7月3日「1953年 武者行列」


つぎも同じく昭和28年のみなとまつりです。三陸新報記事の写真は、私たちの一年上にあたる秀一さんのお母様である魚町〈ヤマジュウイチ〉佐藤八重子さんの〈とっておきこの一枚〉です。夫の市太郎さんが撮影した写真とのこと。


2_20180802162443cf1.jpg

写真掲載ブログ:2015年7月6日「魚町の武者勢揃い」


つぎの三陸新報の記事には2枚の写真が紹介されています。上が1958(昭和33〉年撮影とみられるカツオ一本釣りの実演をおこなう第8八千代丸。下が1955(昭和30)年ごろの「気仙沼みなとまつり」です。旧エースポート前の通りで撮影されたもの。

3_20180802162205579.jpg

この記事は、2006年9月12日の三陸新報「昭和の記憶/漁船写真展」シリーズのひとつです。この記事を紹介したときに、下の写真に関する記事の説明にある〈気仙沼音頭を踊り〉という記述は誤りで、〈たぶん花笠踊りでしょう〉と書いたのですが、きのうのブログで書いた気仙沼小唄で踊る様子だと思います。元ブログには追記しておきましたが、お詫びして訂正いたします。

写真掲載ブログ:2017年8月24日「60年前の港まつり」

私が小学生のころ、港まつりの時には各家の軒先には〈軒花〉(のきばな)が飾られました。周辺を赤く染めた紙の花を5つぐらい竹につけた軒花が各戸3本くらい配られたのではないでしょうか。軒先から道に突き出るようにとりつけるのですが、いつも苦労して釘をうっていた記憶があります。その軒花もいつまでの慣習だったのか。(追記:後で気づいたのですが、最初の武者行列の写真の右上方、大友病院の看板の左下の軒先にうつっているのが軒花です。3本1セットで3セットがうつっていますが、このように先っちょを揃えるのがなかな難しいのです。そのときの微調整の苦労も思い出しました)

そんなこんな、東京で暮らしており、今年もみなとまつりに参加できない私は、半世紀以上前の風景をなつかしく思うばかりです。どうぞ気仙沼の皆さんは8月4日5日のみなとまつりを存分に楽しまれますように。
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 みなとまつり

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示