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川島秀一 日経寄稿

7月13日の日本経済新聞の文化欄に、気仙沼出身の民俗学者 川島秀一さんの寄稿文が掲載されていました。表題は「漁師の風習 深い精神世界 ~ 伝承守り豊漁願う 港町で耳を傾け見えた姿」です。

日経文化欄

日本経済新聞7月13日記事の一部イメージ

日本経済新聞7月13日配信記事

この寄稿には、川島さんが〈漁師の民俗学〉の研究を続けてきた背景や経緯がまとめられています。まずは、はじめの方の一節を引用します。

〈 漁師と言えばマグロ一本釣りのような「勇敢に海に立ち向かう」あるいは「最新の探知機を駆使して魚を一網打尽にする」姿を思い浮かべるかもしれない。だが私が見聞きしてきたのは「謙虚に自然と向き合い、風習や伝承を大事にする」漁師たちだ。昔の人ほど信心深いが、今も信仰を大事にする漁師は多い。そんな漁師の民俗学ともいえる調査研究を続けて40年になる。〉(引用は以上)

この後、川島さんは大学卒業から現在にいたるまでの漁師や民俗学との関わりについて記していきます。その要旨を一部補足しながら以下にまとめます。

川島秀一さんは大学卒業後、東北大学附属図書館の司書を経て、気仙沼市の市史編纂室の職員となります。18年間で計10冊の市史の編集を担当し、この時期に多くの民俗資料を集めることができたといいます。休日には三陸沿岸地区などで民俗信仰や昔話などを収集しました。その時期のひとつのエピソードが紹介されています。

1983年に文化庁の依頼で気仙沼市の民謡調査をした時に「大漁唄い込み」を録音する機会がありました。唄い手は小々汐(こごしお)の仁屋(にんや)尾形栄七さん。明治生まれのベテラン漁師です。しかし、元来は船上で歌う民謡ですから、用意されたステージの上では簡単には披露してくれません。そして何度もお願いしてようやく収録の場を設けたものの、尾形さんは歌う直前に「酒っこ、飲ませてくれ」と。大漁の祝い唄なので気持ちが高揚しないとダメだと。川島さんはこのとき、漁師が風習や伝承をとても大切にしていることを知ったといいます。「酒っこ、飲ませてくれ」というのがとてもリアルです。〈さげっこのませでけろ〉あるいは〈さげこのませでけらい〉という感じでしょうか。

栄七さんにはその後も密着して漁師特有の様々な文化を学んでいきました。しかしその英七さんは1997年に他界。その後、川島さんは昔の風習をよく知る漁師を求めて本格的に全国の港町を回るようになりました。気仙沼で出会った高知県中土佐町のカツオ一本釣りの船頭、青井安良さんもそうした中で知り合ったひとりで、延べ100日ほども話を聞いたそうです。寄稿文の中では述べられていませんでしたが、その聞き取り内容は著書『安さんのカツオ漁』(冨山房インターナショナル刊)としてまとめられています。日経の記事ではこのほか、伊豆諸島の新島で追い込み漁をする石野佳市さんや、巫女(ふじょ)、船大工、昔話伝承者らへの聞き取り調査のことなどを紹介しています。

市史編纂室の後は1998年に気仙沼市図書館の司書に、2005年にはリアス・アーク美術館に勤務します。そして2011年の東日本大震災。当時は副館長をつとめていたはずです。〈東北の漁業は大きな被害を受け、しばらく漁を再開できなかった。集落は一瞬でなくなったが、長年培った風習は人がいる限り残る。だからこそ記録していかなければならない〉。すでに皆さんご存じのことですが、川島さんは学芸員の山内宏泰さんらと共に震災被害記録調査活動をおこない、その記録は現在のリアス・アーク美術館常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」としても公開されています。川島さんは震災の津波でお母様を失っています。この震災時のことや上記の尾形栄七さんとの関わりについては、川島さんの著書『津波のまちに生きて』(冨山房インターナショナル刊)にまとめられています。

2012年4月に神奈川大学特任教授/日本常民文化研究所に、2013年4月には東北大学 災害科学国際研究所の教授となりました。今年3月末に定年で退官しましたので、東北大学には5年間在籍したことになりますね。退官後については、川島さんの寄稿文の末尾を引用します。

〈今は福島県新地町の漁師で同い年の小野春雄さんのお手伝いをしている。福島の漁業は原発事故の影響で、いまだに本格操業できない。試験操業で漁は週2~3回だけだ。それでも午前3時ごろには出漁して、水揚げを手伝ったり、氷を運んだりしていると多くのことを学ぶ。65歳を超えた今だからこそ聞ける話もある。漁師の民俗学には無限の可能性を感じる。〉

川島さんは私たちの一学年下の気中21回生です。その彼が記す〈65歳を超えた今だからこそ〉とか〈無限の可能性を感じる〉という言葉には大いに励まされます。なんか、この私も66歳を超えた今だからこそという気持ちが沸いてきた気がちょっとしたようなしないような(笑)。

それはともかく、日経本紙の文化欄での掲載記事ですから、全国の多くの方が読んでくれたことと思います。それをご報告したく。川島さんは新地町への移住については、三陸新報の連載記事でも2回にわたって書いています。これについては、また回をあらためて紹介することにいたします。今週はこれにて。

4月9日ブログ「川島さんの再出発」

日本経済新聞の文化欄では、2013年4月22日にリアス・アーク美術館の山内宏泰さんが「被災者が見た被災地」と題し寄稿しています。これについては次のブログで紹介しております。お手すきのときにでも。

2013年4月24日ブログ「リアスのアーク2」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 川島秀一

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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