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昭和26年大堀銀座

5月2日のブログ「武山米店復元完了」で、つぎのように記しました。〈左右にならぶ商店も思い出します。左側には真知子さん(3年4組)の実家〈佐々木金物店〉そして〈麻屋〉〈白萩書店〉が、右側には家電やレコードの〈坂本商会〉や菓子屋の〈松月堂〉〈長井時計店〉など〉

そういえば、以前にこのブログで〈佐々木金物店〉の写真を紹介したなと思い出しました。調べてみたら、〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダー2015年版11月12月の写真でした。〈昭和26年、魚町大通りの気仙沼風情〉。67年前1951年の風景です。



〈浜らいん/昭和の気仙沼風情〉カレンダーより(クリックで拡大)


左端の建物が佐々木金物店で、その右側にちょっとかげになるような感じでうつっているのが武山米店です。2015年11月20日ブログ「64年前の大堀銀座」の一部を再掲します。

〈気仙沼中学20回生は昭和26年4月〜27年3月生まれですから、私たちの生まれた当時といってよいでしょう。〈大堀銀座〉の交差点です。左にうつる大店(おおだな)は佐々木金物店。真知子さん(3年4組)の実家です。右側が武山米店、つぎにレコードや家電の坂本商会、つぎがお菓子の松月堂と続きます。写真の右端は、玩具の長沢。

交差点の中央に台がありますが、ここに警察官が立って手信号で交通整理をしていました。私ははっきりとした記憶がないのですが、4歳上の兄ははっきりと覚えているそうです。信号機ができたのはいつだったのかな。

佐々木金物店の左隣は漁具や船具の麻屋でしたね。そのまた左は白萩書店だと思うのですが、この当時にすでにあったのかどうかはちょっとあいまい。いずれにしても、この大堀銀座の交差点は、東京でいうなら銀座4丁目の交差点です。そこに店を構えていた佐々木金物店の繁盛振りがしのばれます。店の様子がトラックにちょっとかくれているのが残念ですが、雰囲気はわかります。鍋や釜、シャベルなどがぶらさがっている様子は、私が高校生の頃も同じだったような気もします(笑)〉 (再掲内容は以上)

本日の写真は武山米店の左側でしたが、右側の坂本商会などの写真も以前に紹介していました。これは明日にでも。本日はこれにて。

2015年11月20日ブログ「64年前の大堀銀座」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 佐々木金物店 武山米店

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/66~67歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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