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それぞれの立場で

東日本大震災から7年が経ちました。3月11日の三陸新報一面記事です。

三陸新報311

三陸新報3月11日記事の一部イメージ


写真は〈 上空から望む気仙沼市赤岩港(左)、南気仙沼(右)両地区。手前は三陸道の仮称・気仙沼湾横断橋 〉。記事の冒頭には〈 2月末現在、気仙沼市の犠牲者は1042人(関連死を除く)、行方不明者は215人。南三陸町は犠牲者566人(同)、行方不明者211人となっている 〉とありました。

この写真を見て、復興が急速に進んでいると感じる人は少ないでしょう。まだまだだなあと。しかし、7年間の多くの人の協力と努力でやっとここまできたのです。写真の右下のリード文の末尾に、〈止まらない人口減少など、将来への不安が尽きない中、復興に向かうこの地で暮らすわれわれ。それぞれの立場で、スピードで、明日への一歩を踏み出そう〉とありました。〈復興に向かうこの地で暮らすわれわれ〉。私は18歳で気仙沼を離れ、いま東京で暮らしているわけですが、とても共感する一文でした。

「3月11日からのヒカリ」も無事に終了。下に、3月11日関連のテキスト中継を紹介しておきます。ほぼ日さんの「気仙沼で、お魚づくし。」は、糸井重里さんとほぼ日の〈チアフルギャルズ〉が、気仙沼をたずねた2日間のテキスト中継です。。気仙沼市唐桑の〈つなかん〉では、〈 車で気仙沼まで行く。〉の皆さんとも合流しました。関係者の皆様、今年もいろいろとありがとうございました。お礼を申し上げます。

きょうは3月12日。それぞれの立場、持ち場でがんばろう。それぞれのスピードで。新しい一週間が始まりました。


「3月11日からのヒカリ」テキスト中継
ほぼ日「気仙沼で、お魚づくし。」
ほぼ日「書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 3月11日からのヒカリ 311

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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