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生島さん兄弟の話

11月24日(金)は、このブログでもご案内した生島淳さんが講師となってのKSB(気仙沼サポートビューロー)復興フォーラムでした。会は午後7時開始。参加者は定員30名を大きく越え、生島さんが話す場所がちょっととりにくい状態でした。しかし、会場に到着した生島さんはすぐにキッチン内に立って話しましょうと自ら提案し、カウンターの向こう側に入っていきました。そして、軽くビールなど飲みながら話を聞いてもらえればと、飲み物が配られまずは乾杯。こうした動きや配慮に、スマートなフットワークを感じました。生島さんの話す姿はこんな感じ。



話の中身は、会の案内にご自身が記していたように、〈東京暮らしの時間が長くなってしまった人間の、気仙沼との「距離」について〉といったことで、とても共感するものでした。これは、会場にいた多くの人が感じた気持ちでしょう。また、生島さんの得意分野であるスポーツに関しても、気仙沼がらみでのフェンシングのほか、大リーグから大相撲まで大変面白い話を聞かせてくれました。質問なども含め40〜50分ほどでしたでしょうか。

話のあとは、みんなの席のなかに入ってなんやかやと。私は幸いにも近くの席だったので、いろいろと話をすることができました。生島さんに〈スポーツはもちろんのこと、落語や歌舞伎などもとても詳しいけれど、いつのことからなのか〉と聞いたところ、〈落語は気仙沼にいたころはラジオでよく聞いていた〉とのこと。なるほど。また〈語りのスピードのコントロールや間がとてもよくて驚いた〉と伝えると、笑いながら〈落語をよく聞いているからかも〉と。

この日、会場には淳さんのお兄さんである生島隆さんもいらっしゃっていました。長兄の生島ヒロシさんも所属する生島企画室の代表取締役社長です。隆さんともいろいろと話すことができました。震災後まもなくの〈気仙沼を元気にする会〉で初めてお会いしておりますが、その時に感じた穏やかな印象を思い出しました。

話が長くなるので、ご両人の細かな話は略しますが、私がとてもうれしかったのは淳さんと隆さん、そして博さんも含め生島三兄弟の仲の良さが感じられたこと。それだけに、淳さんや隆さんがお姉さんの喜代美さんを震災の津波で失った悲しみの深さも。仲のよい姉妹であったろうと。

会のおわりに、淳さんと隆さんにお願いして写真を1枚。右側にうつる隆さんによれば、〈この2ショットは案外珍しいかも〉とのこと。貴重な写真です(笑)。

IMG_2814.jpg

生島淳さん、そして隆さん。24日はおかげさまでとても楽しい会となりました。またお会いする機会があればと思っております。また、この会を企画、運営してくださったKSB関係者の皆様にもお礼を申し上げます。ありがとうございました。

11月9日ブログ「講師は生島淳さん」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気仙沼中学 生島淳 生島隆

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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