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準急むろねの記憶

9月25日のブログで、JR大船渡線と東北本線を経由した気仙沼〜仙台間の直通臨時快速列車の運行を紹介しました。この記事を書きながら思い出したのは、私が小学生や中学生だったころの〈準急むろね〉です。あれはいつ頃に始まりいつ頃まで運行していたのだろうか。私の記憶では早朝6時半ごろに気仙沼を出発して3時間かけて仙台に到着。そして夕方6時半頃に仙台を出て9時半頃に気仙沼着という感じなのですが。

まずはウィキペディアで調べてみると、〈スーパードラゴン〉に関する記述のなかに「むろね」情報がありました。

むろね号

ウィキペディアの画面一部イメージ(クリックでサイトにジャンプ)


このウィキペディア記載情報から、盛岡〜盛(さかり)間を東北本線・大船渡線経由で運行する準急列車「さかり」関係を省略して、「むろね」に関する記述を以下にまとめます。

1960年(昭和35年)
仙台駅 - 盛駅間を運行する準急列車として「むろね」運行開始。
1963年(昭和38年)
「むろね」2往復に増強。
1966年(昭和41年)
「むろね」急行列車に格上げ。
1970年(昭和45年)
「むろね」1往復増発。3往復に増強。
1972年(昭和47年)
運行形態を変更。「むろね」1往復を一ノ関発着とし、「からくわ」の愛称を与える。「むろね」2往復に減。
1982年(昭和57年)
東北新幹線開業に伴い、運行体系の見直し。「むろね」を快速列車に格下げ。
1988年(昭和63年)
「むろね」下り列車のみ三陸鉄道南リアス線釜石駅まで乗り入れ。
1993年(平成5年)
名称を「スーパードラゴン」に変更。
1997年(平成9年)
「スーパードラゴン」南リアス線釜石駅乗り入れを中止。
2007年(平成19年)3月18日
一部の「スーパードラゴン」が通過していた陸中門崎駅、陸中松川駅に全列車停車開始。これにより、「スーパードラゴン」の停車駅がおおむね統一される。
2010年(平成22年)12月4日
1日2往復から1往復になる。
2011年(平成23年)3月11日
東日本大震災により、大船渡線運休。4月1日に一ノ関駅 - 気仙沼駅間のみ運転再開。
2012年(平成24年)4月28日
上り列車のみ停車していた折壁駅に下り列車も停車。
2013年(平成25年)3月15日
3月16日のダイヤ改正により各駅停車化され(スーパードラゴンは)廃止。
(引用紹介は以上)

つまり、〈準急むろね〉は、1960年(昭和35年)から1966年(昭和41年)までの運行だったのですね。私たち気中20回生が、小学校3年から中学3年までという感じでしょう。私の小中の記憶と珍しく一致しています。高校の頃は〈急行むろね〉になっていたようです。

当時、〈むろね〉号に3時間のって到着する仙台は、まさに〈都会〉でした。小学校の頃でいえば、藤崎や三越、駅前の丸光といったデパートの玩具売り場の華やかさ。高校の頃でいえば〈気仙沼では売っていない参考書を買いにいく〉という名目で出かけた東一番丁の丸善や金港堂の書棚に並ぶ書籍の豊富さ。そこには、気仙沼では得られないものがあふれていました。そして帰りの午後6時半。むろね号が仙台駅を発車して間もなく、右側にキリンビールの工場の影が流れるころには、悲しさとは違うのでしょうが、ちょっとそれに近いさびしさというかなんというか、複雑な気持ちを覚えたのです。

以上、〈準急むろね〉で私の記憶を検索した結果をご報告しました(笑)。

9月25日ブログ「仙台への直通快速」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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