気仙沼にエールを

本日は、内輪の話題。三陸新報に〈古里へメッセージ/出身者より激励投稿〉という不定期連載記事があるのですが、きのう9月12日に私の妻まゆみの投稿が掲載されました。はずかしながらのご紹介。

9/12激励メッセージ
三陸新報9月12日掲載記事

この投稿、気仙沼の同級生からお声がけをいただき、せっかくのお話ということで引き受けたようです。ちょっと長くなりますが、投稿記事を以下に転載します。

◎気仙沼の明るい底力にエール
気仙沼市南町出身 小田まゆみ(60)

 先日、法事で気仙沼に帰りました。新幹線に乗り込んで、四角いビルの中を抜け、緑の田園地帯が広がる頃、自分の中のネジが次第に緩んでくるのがわかります。大船渡線に乗り換えると、スイッチは切り替わります。
 風にそよぐ木々、川面に映る光、ピーッと鳴る汽笛、私の産土(うぶすな)気仙沼に到着する頃には、すっかり気仙沼モード。駅の改札を出ると、かすかに潮風を感じます。「ただいまー」帰ってきたよ。

◎震災と母達のこと
 震災で南町の実家は全壊、魚町の夫の実家も被災しましたが、一人暮らしの姑、施設に入居中の母は、二人とも避難し無事でした。姑はご近所の助けを借りて、高台の保育所に避難しました。座る場所もないほどの混みようでしたが、缶詰工場で働く中国の女性達がやさしくしてくれたそうです。その後は仙台の義兄宅に避難し、今は近くの施設で穏やかな晩年を過ごしています。
 実家の母は施設から中学校の体育館に避難していました。迎えにいった親戚によれば、その時、履く靴を持っていなかったそうです。靴もなく瓦礫の中をどうやって避難したのでしょう。「誰かにおんぶをされたかもしれない……」と言いますが、認知症の母には、震災時の細かい記憶はありません。
 母は避難所から親戚の家、東京の私の家に避難しました。そして、焼津の姉夫婦の家に落ち着き、震災から2年後、姉達と共に、元気に気仙沼に戻りました。姉達が静岡から迎えに来た時、母は夫と私、息子の手を一人ひとり握って「大変お世話になって……どうもありがとう」と丁寧にお礼を言いました。
 親からあらたまってお礼を言われるのは、照れくさいものですが、母が亡くなった今となっては、良い思い出です。震災の大混乱の中、高齢の母たちを優しく助けてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

◎おでってのこと
 震災後、東京では、復興支援活動が始まっていました。解体予定の銀座TSビルに気仙沼のお店ができたというので、夫と出かけました。気仙沼出身の若い方々が中心となって「気仙沼コンシェルジュ」というボランティアグループがつくられており、早速、仲間にいれてもらいました。お客様と震災の話をしたり、気仙沼の商品を勧めたりしました。目黒のさんま祭、さくら祭、エコまつりなどにも出かけ、屋台で蟹ばっとうや、気仙沼ホルモン、みりん干しを焼いたりしました。気仙沼コンシェルジュは、気仙沼出身者のほかに、気仙沼ファンの若者達も加わり、200人を超す大きなグループになりました。平日は仕事をし、休みになると手弁当で「おでって」に駆けつける頼もしい若者たちが大勢いたことを紹介させていただきました。

◎未来が楽しみ
 震災後しばらく、魚売り場から三陸の魚が姿を消しましたが、今ではめかぶや生若布、殻付きほや、ムール貝など、以前は見かけなかった魚介類が並び、震災前より賑やかです。
 新商品も次々に届き、気仙沼の皆さんの頑張りが伝わってきます。やっぱり気仙沼には、豊かな海と明るい底力がある!きっと、さらに住み良い街になると信じています。(投稿内容は以上)

ホヤぼーやと一緒にうつっている写真は、2016年2月に東京・目黒のパーシモンホールで開催された東日本大震災復興支援コンサートでの物産展における〈おでって〉の合間のスナップです。

身内の話だけでもなんですので、こぼれ話をひとつ。写真にうつるホヤぼーやの中の人は、妻と気仙沼中学の同級生(気中26回生)だった関西学院大学総合政策学部教授 長峯純一さんのお嬢さんです。〈みなと気仙沼大使〉でもある長峯純一さんは気仙沼市震災復興会議委員もつとめていますが、これも行政レベルでのお手伝い〈おでって〉といってよいのかもしれません。長峯さんは、関西学院大学の副学長でもあります。

震災から6年半。妻にとってこの投稿記事は、震災時に実母や私の母を助けてくださった多くの(私たちが見知らぬ方々も含めての)皆様に感謝を伝えるよい機会になったと思います。私からも重ねてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼コンシェルジュ

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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