「中納言神社」遷座

きのう8月21日のブログで、気仙沼高校の敷地となっている香久留ケ原(かくらがはら)における中納言神社の再建について紹介しました。三陸新報の記事には、中納言神社が〈校舎建設やグラウンドの拡張で転々とし〉、現在は校舎東側にコンクリート製の小さな祠(ほこら)があると記されていました。

本日ご紹介するのは、気仙沼高等学校同窓会50年史「時は流れて」(昭和55年2月25日発行)に掲載されている中納言神社遷座式の写真です。

中納言神社遷座
気仙沼高等学校同窓会50年史「時は流れて」より

〈遷座(せんざ)〉とは、本殿を修理したり新たに建てた場合などにご神体を移すことをいうそうです。遷宮(せんぐう)も同様ですが、お宮を移すことに意味が寄っているようです。

写真の説明文には、〈昭和2年12月におこなわれた中納言神社の遷座式〉とあります。昭和2年(1927)4月14日には、旧「県立気仙沼中学校」(現 気仙沼高校)の開校式が旧気仙沼小学校跡地の仮校舎で行われています。旧気仙沼小学校は、現在の気仙沼市役所の場所に明治19年に落成されました。

香久留ケ原/中納言原での校舎落成は昭和2年12月です。4月の開校から8カ月遅れて私達気高22回生も通ったあの木造校舎が完成したのです。12月17日には〈入校式〉がおこなわれています。

なお、私達も使った講堂は昭和4年12月、柔・剣道場は昭和5年6月落成ですが、いずれも今はありません。そうした現在の気高校舎となるまでに、中納言神社も転々というか、遷座/遷宮という経緯をたどったようです。写真にうつる遷座式がおこなわれた昭和2年は1927年。いろいろあったものの90年を経て、中納言/昭次(あきつぐ)卿は、新たなお宮にその座を移したということでしょう。

なお、「気仙沼文化史年表」(荒木英夫編)によれば、〈中納言神社遷宮式〉は昭和2年11月16日。こちらは〈遷宮式〉としています。引用文献は「大気新聞」。ご参考まで。

8月21日ブログ「中納言神社の再建」
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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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