真海さんの「復帰」

まずは本日8月11日のテレビ番組情報から。午後9:54からのテレビ朝日系列「報道ステーション」で、6月下旬に営業を再開した気仙沼市唐桑の民宿〈つなかん〉が特集されます。是非ご覧ください。気仙沼では、東日本放送です。

ここからが本題。事前に知ることができず、皆さんにお知らせすることができませんでしたが、8月7日の「報道ステーション」には、気仙沼出身の谷真海さん(旧姓 佐藤)の姿がありました。松岡修造さんの「いこうぜ2020」コーナーです。

はじめは、真海さんがアテネ、北京、ロンドンとパラリンピック3大会に出場したことが紹介されます。そして、2020年東京招致のプレゼンターを務めたことなども。私は、真海さんがこの最終プレゼンで語った〈私にとって大切なのは…… 私が持っているものであって、 私が失ったものではないということを学びました〉という言葉が強く印象に残っています。番組では紹介されませんでしたが、真海さんがスポーツの真の力としてあげたのはつぎの3つです。

新たな夢と笑顔を育む力。
希望をもたらす力。
人々を結びつける力。

その後、真海さんは結婚して息子をもつ母親となりました。そして、〈ママさんアスリート〉として復帰。生涯スポーツとしてずっと興味があったというトライアスロンでの東京パラリンピック出場を目指しているのです。競技種目は以前の走り幅跳びからトライアスロンへ転向。チャレンジしないと自分が生きている感じがせず、常に何かを目指していきたいと。

7月28日にはカナダのエドモントンで開催されたITU(国際トライアスロン連合)世界パラトライアスロンシリーズに出場。女子PTS4クラス(ITUのクラス基準で中度の障がいとされています)において、スイムでトップにたったあと、最後まで1位を守り優勝しました。番組で真海さんは、3年後に向けて、東京パラリンピックの会場を満員にしたいと抱負を語っていました。

チャレンジ 優勝

メダル 抱負

なお、調べていて知ったのですが、トライアスロンがパラリンピックの正式種目となったのは、2016年リオデジャネイロパラリンピックからとのことです。

この記事を書くにあたって参照した朝日新聞の配信記事の中に、もうすぐ1歳4カ月となる真海さんのお子さんの名前がありました。海杜(かいと)君です。海と杜(もり)。いいね。天旗/凧のカイト(kite)も連想させます。気仙沼だね。

なんか、ナウシカの物語に登場してもおかしくはないような。きょうは、〈山の日〉ということですが、谷と海と杜の日ということにしませんか(笑)。どうぞよろしく。

2013年9月10日ブログ「東京プレゼン全文」
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ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 谷真海 パラリンピック

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Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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