気仙沼音頭の記憶

8月5日(土)6日(日)は、気仙沼みなとまつり。私のみなとまつりの記憶のバックで流れている音楽は、〈気仙沼音頭〉です。街頭パレードで婦人会の皆さんが踊ったり、トラックの荷台にしつらえた舞台の上で幼い子らも踊っていたはずです。7月8日の気仙沼高校関東同窓会の懇親会では〈気仙沼音頭〉で踊りの輪をつくりました。私はうまく踊れず、見よう見まねでしたがとても楽しく、機会があれば是非おぼえたいなと思いました。そんなことで本日は、2014年8月4日のブログ内容を転載します。

まずはユーチューブでの気仙沼音頭から。


気仙沼音頭/三橋美智也(YouTube)

この音頭はいつ頃からあったんだろう、ということでちょっと調べてみました。

まず「気仙沼文化史年表」によれば、1967(昭和42)年9月に〈「気仙沼音頭」を市民から募集〉、しかし1968年4月には〈気仙沼音頭の応募作に該当者なく、山形大学教授浅野健二の指導で作詞〉となりました。レコードに添付されている歌詞には、〈浅野健二監修、気仙沼音頭制作委員会作詞〉と記されています。武田忠一郎作曲。

そして、1968年7月から全市あげて練習し、8月の第18回みなとまつりで発表したと気仙沼市史(第5巻)に記されておりました。私たちが高校2年のときか。そんなに古い話ではないのですね。

歌詞を下に記しておきましょう。

気仙沼音頭


ハアー
みなと気仙沼 一度はお出で
前に大島 岩井崎
(ドントナ ドント ドドント 輪になって踊れ サテ)
気仙沼音頭で 踊りゃんせ
(ホンによいとこ よいみなと)
(以下唄ばやし略)

ハアー
積んだ鰹は 万々両よ
あれは気仙沼 灯が見える

ハアー
安波亀山 花見の化粧
間(あい)のみなとが水かがみ

ハアー
土佐も熊野も 鹿島の灘も
超えて来たぞえ 気仙沼

ハアー
解いたともずな 情けでつなぐ
一夜泊まりが ふた泊まり

なお、上記の詞中にある「ともずな」は「ともづな」ではないかと思っておりましたら、市史ではやはり「ともづな」としてありました。しかし、市史は3番の歌詞を「花見化粧の亀山、安波」と誤記していますから、校正不足という点ではいい勝負です(笑)。

土曜日の夕方、帰宅途中の「自由が丘」で、駅前ロータリーから〈炭坑節〉が聞こえてきました。盆踊りだったようです。昼に聞いた気仙沼音頭と同じ歌声は三橋美智也さん。

夏はやっぱりチューブ、じゃなくてユーチューブで三橋美智也!ということで今週もよろしく。(再掲内容は以上)

音楽って不思議ですね。気仙沼音頭の冒頭の三味線の音を聴くだけで瞬時にタイムスリップします。気仙沼音頭は、1968(昭和43)年8月の第18回みなとまつりで発表されました。私が気仙沼高校2年生だったとき。もっと前のことと思っていたんだけどな。東京オリンピックの4年後ですね。そして来年2018年は〈気仙沼音頭50周年〉。〈はまらいんや踊り〉もよいけれど、三橋美智也さんの〈気仙沼音頭〉もどうぞよろしく。

気仙沼の皆様、今年のみなとまつりもどうぞ思いっきり楽しんでください。
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tag : 気仙沼 気中20 みなとまつり 気仙沼音頭 三橋美智也

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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