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暖飯器の季節

気仙沼はずいぶん寒くなっているみたいですね。ヤフーの天気予報をみると今日19日の最高温度は3度、明20日は1度となっています。東京は、両日とも10度です。

私たちが気仙沼小学校に通っていたころ、教室の暖房はだるまストーブでした。燃料は薪(まき)です。冬が近くなると、校庭のはじっこに積み重ねられた薪を、みんなで各教室に運びます。薪は直径30センチぐらいに針金で束ねられていました。記憶があいまいですが、1階であれば校庭側に置けるけれど、2階は廊下側に重ねたのでしょう。

中学校にあがると石炭ストーブになりました。1年2年は普通の黒光りする石炭でしたが、3年になるとコークス。小さな穴が沢山あいていて軽石を重くしたような感じでした。手で持っても汚れがつかず、軽いのに高温になるという「高性能石炭燃料」です。

ストーブの記憶と重なっているのが「暖飯器(だんぱんき)」。簡単にいえば弁当あっため装置です。1メートルぐらいの高さの囲いの真ん中に炭の火鉢が置かれ、そのうえにスノコ状になった置き台が3段ぐらい重ねられています。その台に弁当箱を置いて暖めるというしかけです。蒸し器のでかいやつというイメージ。

朝、火鉢を廊下に出しておくと、用務員のおじさんが炭火を入れていきます。それを当番の子が暖飯器の下部にセット。休み時間にみんな急いで弁当をおさめます。ちょうどいい温度になる場所があるんだ。場所によっては熱くなりすぎます。

ずいぶん前のことになりますが、兄と暖飯器の思い出話をしたことがあります。

兄が言うには「納豆をいれてきたやつがいてさ。ものすごいんだ、匂いが」と。
そしてこんな話を続けました。
「弁当の中身が回りに見えないように、包んできた新聞紙で囲んで食べている生徒がいるんだよ。のぞいてみたら、ろくなおかずが入っていないのさ。なんかなあ、正直かわいそうな感じがしてさ。結構いたんだよ、そういう生徒が」

兄は私たちより4学年上の気中16回生です。
日本全体がまだまだ貧しい時代。納豆だけでなく、敗戦国日本の匂いがただよってくるような話です。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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