将棋で遊んだころ

公式戦最多となる29連勝記録を達成した中学3年生、藤井聡太四段によって将棋や棋士への注目が一気に高まりました。そのニュースを見ていて、将棋の駒で遊んでいた小学生のころを思い出しました。

当時、正式なルールでの将棋は〈本将棋〉と呼んでいました。私も一時期は兄とやりましたが、そんなに長続きはしなかった。近所の遊び友達とやったのは、はさみ将棋、まわり将棋、将棋くずしが多かったのではないでしょうか。

〈はさみ将棋〉は、歩の駒だけをお互い横一列にならべて始めます。歩は前後左右に動かすことができて、相手の歩をはさめばそれをとることができます。〈まわり将棋〉は、将棋盤の外周を使うすごろくのようなもの。サイコロの代わりに金将を使います。細かなことを忘れていたので調べてみたら4枚使っていたのですね。表が出た駒の数だけ歩を進めるのが基本のようですが、いろんなローカルルールがあったらしい。〈将棋くずし〉は、将棋の駒を使った〈ジェンガ〉のような遊び。箱を使って将棋台盤の中央に駒の山をつくります。そして順番に、指で駒を盤の外に滑らせていくのです。山が崩れたりカチッと音が出たりすると負けというゲーム。

以上は、ちゃんとした将棋の駒を使うゲームですが、違う駒を使う将棋がありました。〈軍事将棋〉です。軍人将棋とか行軍将棋ともいうらしい。ゲーム用品のネットサイトの画像を紹介します。

軍事将棋
木村娯楽堂サイトより(クリックでサイトにジャンプ)

ルールは省略しますが、スパイは一番弱い駒なのですが大将にだけは勝つことができるなど、駒の勝敗が細かく定められています。審判が必要とか、かなり面倒なゲームでそんなに多く遊んだ記憶はありません。しかし、佐々木徹君(3年1組)の家の2階で何人かが集まって遊んだことが思い出されます。その記憶の中では、審判役が薄い紙に書かれた勝敗ルールの説明を読んでいるのですが、ルールがやたら難しくなにがなにやら。その解釈でもめています。当時の私たちに軍事将棋は難しく、将棋くずしあたりがお似合いだったようです(笑)。
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 軍事将棋

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示