ホテル望洋の終業

6月21日の三陸新報に、気仙沼のホテル望洋が、施設の老朽化は業績不振などを理由に、3月いっぱいで営業を終了したという記事が掲載されていました。

ホテル望洋終業

三陸新報6月21日の記事の一部イメージ

話には聞いていたのですが、詳しいことがわからずにおりました。3月で営業を終えていのですね。なお、三陸新報の見出しでは〈ホテル望洋館〉としていますが、これはなにか登録名とかそうした関係でしょうか。

ホテル望洋は、1967(昭和42)年に創業とのことですので、今年で50年。1989年には年商約7億円だったそうですが、年々売上げが減少していったそうです。震災後には復興・復旧関連の需要がありましたが工事の進展でそれも減り、3月での営業終了となったようです。

ホテル望洋さんには、震災時に母が大変お世話になりました。以前もブログに記しましたが、3月25日に兄が仙台の自宅に連れ帰るまでの2週間もお世話になったのです。ほかの避難所とは違い、なんといってもホテルですから部屋や布団などの心配はなく、本当にありがたかったといいます。

ホテルとして生まれ変わるまでは、旅館〈望洋館〉でした。その前は、料理店だったようで、「気仙沼市史」第4巻 近代 現代編に、明治期の料理店のひとつとしてその名が記されています。その記述は「気仙沼町誌」からの引用と思われます。22軒ほどの店名があげられているのですが、〈望洋館〉のほかに私が名を知っている料理店としては、松軒(南町)、古川屋(南町)、扇屋(南町)ぐらいです。松軒さんは現在ホテルとして場所をかえて営業しています。

そうした歴史のなかにある〈ホテル望洋〉でしたが、その歩みをとめることになりました。これも時の流れということでしょうか。

魚町のご近所でもあった望洋館/ホテル望洋さん。いろいろお世話になりました。御礼を申し上げます。ありがとうございました。

2014年6月11日ブログ「ホテル望洋に感謝」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 ホテル望洋

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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