気仙坂の悦子さん

三陸新報の「古里へメッセージ」は、気仙沼や南三陸の出身者からの投稿シリーズ記事。先日は、村上茂雄さんの寄稿を紹介しました。そして6月13日、私たちの一年先輩、気中19回生 梶原悦子さんのメッセージが掲載されていました。

気仙坂

三陸新報6月13日掲載記事の一部イメージ

梶原さんは、東京・新宿ゴールデン街で飲食店〈気仙坂〉を営んでいます。東京在住の気仙沼出身者にとっては有名なお店です。梶原さんの実家は港町だったのですね。小学4年生のときのチリ地震津波のことも記しています。気仙沼湾の海の底が現れたのを家の2階から見ていたとのこと。

そのあとに続く文章を引用します。

〈 大震災後、多くの方がお店を訪ねてくださいました。東松島の避難所で母親と過ごした人、東京の子供のところに身を寄せている人、ボランティア活動をしている人たち、気仙沼市役所での支援、建築、土木に携わった人などです。
そして今も気仙沼を支援しているNPO人権センターホライゾンの片岡さん(仮設の氷川きよしと呼ばれているそうな。本当によく似ています)、仲間の小渡さん、カメラマンの初沢亜利さん、唐桑が大好きなはなちゃん、気仙沼、大船渡、陸前髙田の復興支援に参加している和田さん、皆さん何度も気仙沼を訪ねています。そして私と同じくゴールデン街でお店を経営している感王寺葉子さん、彼女はご主人の気仙沼での復興支援の仕事が縁でついこの間まで気仙沼で暮らしていました。(中略)大震災後、私は多くの人と縁を結びました。そしてこんなにも多くの善意の人たちがいるのだと驚きと感謝の気持ちで一杯です。
故郷を離れて50年近くたちました。何と長い月日が流れたことでしょう。でも私は東京の人ではなく気仙沼の人なのです。心はいつも故郷を向いています〉

紙面には限りがありお名前を記せる方はほんのわずか。悦子さんは、もっともっと沢山の人の名をあげて感謝の気持ちを表したかったと思います。その気持ちがとてもよくわかります。

文章のなかにあった初沢亜利さんは、〈3月11日からのヒカリ〉プロジェクトのポスター写真なども撮影してくれた写真家です。以前、菊田裕美君(3年1組)が、〈気仙坂〉でお会いして親しくお話しをしたと語っていたことを思い出しました。そんな気仙沼と縁ある人達との出会いがある店といってもよいでしょう。

たしか悦子さんには、昨年の気仙沼高校の関東同窓会でもご一緒しました。今年は7月8日。またお会いするのを楽しみにしています。


なお、〈気仙坂〉の詳細は、〈リアス気仙沼〉の下記記事に詳しく紹介されています。ぜひご覧ください。

リアス気仙沼/気仙坂紹介記事
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 気仙坂 梶原悦子

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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