防潮堤のその後

気仙沼の防潮堤問題はその後どうなっているのでしょうか。

11月下旬、テレビでまた気仙沼の防潮堤の件をとりあげていたようです。私は見られませんでしたが、ツイッターにこれを見た人の感想がいくつか流れていました。それを読んで意外な印象を受けました。

それらを要約すれば「気仙沼では一部の観光業の人たちが商売のことを考えて防潮堤に反対しているようだが、生命と商売を比べれば、命が大事に決まっているのではないか。防潮堤をつくるしかないでしょう。漁業関係者も賛成しているみたいだし」といった感じが多いのです。なにか、反対する人は命よりお金を選んでいるみたいな。

おいおいちょっと待ってくれよ。ちょっと違うんだよ。だって、お金を選ぶなら、巨大な防潮堤建設のための予算が大きい公共事業のほうがいいじゃない。気仙沼にどれだけお金がおちるかは別として。復興特需とか言ってさ。もう1メートル高くすっぺし(苦笑)。

オダクン、ナニソンナニオゴッテンノッサ。
いや別におこっているわけじゃないよ。いまはもう気仙沼市民ではないし。
でもね、自然の力はあまりにも大きく、そして人の命がなによりも大事だからこそ、防潮堤の高さに頼ってはいけないのではと。津波を甘くみずにきちんと逃げることを考えたい。そして高齢者や身体が不自由で逃げることができない人のことを考えたいと思うのです。

10月26日かな、気仙沼市震災復興市民委員会の勉強会で、防潮堤に関して県の担当者10数名と市長・副市長はじめ市役所の方々の意見交換がなされたそうです。さらにその後の動きを待ちたいと思います。

この問題、三陸新報をみていてもよくわかりません。市民の意見が様々であることは当然のこととして、市民にその代表として選ばれた市議会の姿がみえてこないのが残念です。

9月27日ブログ「6.2Mの防潮堤?」
10月14日ブログ「高すぎる壁」
11月2日ブログ「再び防潮堤の件」
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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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