宮城県民防災の日

きょう6月12日は、〈みやぎ県民防災の日〉とのこと。昭和53年(1978年)のこの日午後5時14分頃に〈宮城県沖地震〉がありました。金華山沖南部を震源とし、その大きさはマグニチュード7.4。宮城県公式サイトによれば死者27名。ブロック塀などの下敷きが18名という報道もありました。

6月10日(土)の三陸新報には、この〈県民防災の日〉の広告が掲載されていました。

防災の日6:10

三陸新報6月10日掲載広告より

この広告中の気仙沼市指定〈津波避難ビル〉を拡大して紹介します。このなかの、南郷、幸町、内の脇の市営住宅は、震災後にいわゆる〈災害公営住宅〉として建設されました。

津波避難ビル6:10

津波避難ビルの説明もありました。「津波が発生した際に住民や来訪者が、津波が到達する前に高台へ避難することが困難な沿岸地域などで、緊急的に避難する施設」とのこと。あくまで高台への避難ができなかった場合の2次的な避難施設です。まずはできるだけ早期に高台に避難することが基本動作。

説明分の下にあった注意事項も紹介します。
◎日頃から、避難経路を確かめておきましょう。 ◎津波注意報・警報が発表されたら、海から離れ、近くの高台などに避難し身を守りましょう。 ◎土砂災害や洪水等の災害想定区域についても「防災マップ」などで確認しておきましょう。

こうしてわざわざ紹介したのも、6月12日が〈宮城県沖地震〉の日ということをすっかり忘れていたからなのです。当時の私は26歳で、職場は東京・虎ノ門と神谷町の中間地点。その6月12日の夕方、私はどんな仕事をしていたのか。そしてどんなことを考えたり悩んだりしていたのだろうか。さすがに49年前の記憶、おぼろ月夜のごとし。文語調(笑)。

3月11日から3カ月ほどを過ぎての6月12日に、自らの身を守るための基本動作を確認することの大切さをあらためて感じています。命を失ったあとでは、知らなかった、聞いてなかったと言うこともできないでしょう。どうぞよろしく。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 みやぎ県民防災の日 宮城県沖地震

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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