「海と生きる作法」

気仙沼出身の川島秀一さんの新著『海と生きる作法〜漁師から学ぶ災害観』が発刊されたことを4月6日の三陸新報の記事で知りました。すぐに注文し手元に届きましたが、読了までに時間がかかり本日の紹介となりました。

海と生きる作法
本書のカバー表裏(右側の裏面写真は「窓をくり抜いた防潮堤」)

この本は、川島さんが震災後に発表、寄稿した17の文章を基につぎの4つの章に分けて構成されています。1:三陸の海から/2:漁師の自然観・災害観/3:海の傍らで津波を伝える/4:動き始めた海の生活。文章はそれぞれ、全国の漁労や漁師のくらし、津波との関わりなどをテーマとしたものです。

川島さんは〈はじめに〉で、共同通信からの依頼で2011年4月16日に寄稿した文章を紹介しています。タイトルは「それでも海は豊かだというべきか」。当時、リアス・アーク美術館の副館長をつとめていた川島さんにとって、この文章は〈一字一字、瓦礫から拾い上げるような思いで〉つくり、〈私が立ち上がる機縁となった〉そうです。少し長くなるのですが、気仙沼の人々はもちろんのこと、ぜひ多くの人に読んで欲しいと思いますので、引用します。

〈 2011年3月11日、東日本大震災による大津波で、私は母と家と、そして故郷(宮城県気仙沼市)とを目の前から同時に失った。
 外からのさまざまな分野の研究者や評論家は早くも、今のうちに津波の記録を残すべきだと論じ始めたが、被災者は当初、津波の記憶は忘れたいと願っていた。震災から一週間は、被災者の大半は誰しも、これは悪夢が続いているだけで、翌朝起きたときには通常の世界に戻っていてほしいと、そう願いながら浅い眠りに入ったはずである。
 被災者が現実を受け入れたときは、それはむしろ、震災前の記憶を呼び戻そうと努力していた。過去の記憶を呼び起こすよすがを、目の前から全て失った者にとって、どんな些細なものでも瓦礫の中から探し出そうと努力していた。
 その被災前の日常とは、私が長いあいだ、三陸沿岸を歩きながら聞書きを続け、記録していた漁労をめぐる生活と重なるものでもあった。失ったものは、その過去につながる日常を記憶していた多くの人間と、その生活を目に見えるかたちで確認できるものと、それを記録した資料とである。
 かつて三陸沿岸を歩いていたとき、峠を越えるたびに、湾の向こうには集落が見えて、晴れた日などは屋根がキラキラと光っているのが遠目でも確認でき、そこへ行き着くために先を急いだものだった。しかし、今はその屋根の反射光がどこの湾からも消えている。〉(引用中断)

文章はこのあと、日本常民文化研究所が借りていたことがある気仙沼地方の古文書の流失のことに触れています。これら、小々汐(こごしお)の尾形家や舞根(もうね)の畠山家の古文書は、網野善彦さんが気仙沼に足を運び各家に返却したものでした。そして、三陸のリアス式海岸は、魚などの幸だけでなく、津波も寄り上がる地勢であるとして、つぎのように続けます。

〈そのような幸も不幸も神からの「寄り物」として全て受け入れる諦念と懐の広さとが必要とでもいうのだろうか。今こそ、津波に何度も来襲された三陸沿岸に生き続けた漁師の、そのような運命観、死生観、そして自然観に学ぶときなのだろうか。そして、津波に打ち勝つためにも、それでもなお、海は豊かだということを私は言うべきなのだろうか。
 ただ一つわかったように思えたのは、三陸の漁師たちは海で生活してきたのではなく、海と生活してきたのではないかということである。海と対等に切り結ぶ関係をもっていなければ、今後もなお漁に出かけようとする心意気が生まれるはずがない。そのような積極的な生き方に、私自身、もう少しだけ賭けてみたい。日はまだ暮れてはいないのだから 〉(引用は以上)

〈はじめに〉によれば、この共同通信の記事は、「熊本日日新聞」(2011年4月21日(小田注記:本書中では2001年となっていましたが誤植と思い修正しました)を皮切りに、5月の連休にかけて「河北新報」など多くの地方新聞に掲載されたそうです。私もかすかに読んだ記憶があるのですが、現在はネット上にみつけることはできませんでした。川島さんは、この引用のあとに、故郷気仙沼の復興スローガンについて触れながらつぎのように結んでいます。

〈この「海と生きる」ということの意味を、気仙沼市の復興とともに考えてみようというのが、本書のねらいである〉

さすがに引用が長すぎたかな。秀一君に連絡して了承してもらいましょう。同じ気仙沼市魚町5区育ちということで(ほんの一年だけの)先輩風をちょっとふかしながら(笑)。

なお、朝日新聞掲載の作家 佐伯一麦(さえき・かずみ)さんによる書評も以下のサイトにて。

朝日新聞4月2日掲載書評

(追記)5月23日の三陸新報に、東北大学災害科学国際研究所の「防災文化講演会」が紹介されていました。5月27日(土)午後1時から気仙沼中央公民館で「気仙沼で3・11を伝えていく(震災伝承)」をテーマに開催されます。同研究所教授である川島秀一さんも出席します。参加無料で当日受付。問合せは、同研究所気仙沼分室ワーキンググループ(電話022-752-2140)まで。

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ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 川島秀一 海と生きる作法

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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