追悼と鎮魂の祭

「気仙沼みなとまつり」についての関係者会議が開かれ、来年の開催を決定しました。今年は、安全面の問題や被災者感情に配慮して中止し、代替イベントとして追悼の思いを込めた「港・けせんぬま復活祭」が開催されました。菅原茂市長は来年のまつりを「復興1年目にふさわしいイベントにしたい」と語っています。


みなとまつりを最後に見たのは、いつのころだろうか。30年以上も前になるか。お盆休みの前ということもあって、この時期に気仙沼に帰ることがなかなかできませんでした。でも、来年のみなとまつりはなにか特別な感じがするし、気仙沼に帰ろうか、などと。

小さいころの祭といえば、「あんばはん」がありました。「あんばはん」とは気仙沼の安波山(あんばさん)のことですが、旧暦3月27日、安波大杉神社への参拝登山の日の呼び名でもあります。現在は5月5日が「ゴーゴーあんばはん」の日。私たちが小学生のときは学校も休みとなり、みんなで安波山にのぼったり、陣山で花見をしたものです。

10月27日の朝日新聞夕刊によれば、建築家石山修武(おさむ)さんが、来年5月5日に気仙沼の仲間と大がかりな安波山の植樹祭を計画しています。石山さんの構想は、気仙沼の漁港を見下ろす安波山に桜と藤の花を植えようというもの。
「毎年、災害が起きた春になると、日本を象徴する桜の花と、鎮魂をあらわす紫の藤の花が山を覆う。そうして大震災で起きたことが、忘れられずに伝わっていく」と石山さん。

石山修武研究室のネットサイトをのぞいてみると、「東北の計画」のなかに、「気仙沼陣山地蔵堂会所(鎮魂の御堂)」や「安波山お色直し荘厳計画」などのスケッチが紹介されていました。いま、銀座の気仙沼アンテナショップの2階に「鎮魂の御堂」の模型を展示しているようです。

石山修武さんと気仙沼の関わりは、たぶん1985年か86年からのことだと思います。そうした関係から、気仙沼のリアスアーク美術館は、石山さんが設計することになりました。この作品によって石山さんは1995年に日本建築学会賞を受賞。51歳のときです。
石山修武さんについては話が長くなります。またあらためて書きましょう。

来年の「みなとまつり」と「あんばはん」。追悼と鎮魂の祭です。


石山修武研究室「東北の計画」 後半に「鎮魂の御堂」スケッチなど
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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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