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喪中欠礼の葉書

喪中欠礼のお知らせが届く季節です。

その中に小野寺久(ひさし)君からのハガキがありました。久君は鹿折中学出身で、気仙沼高校で一学年下でした。生徒会の関係で知り合ったのです。気高卒業後、現役で東京大学に入学しましたが、1年か2年でやめて京都大学医学部に入学し直しました。秀才です。
卒業後は英国の病院にいったのち京都大学に戻り助教授をつとめています。専門は、大腸癌とかそんなことだったと思います。

10月に恵比寿でおこなわれた「気仙沼を元気にする会」で久君に会いました。5~6年前に学会で京都から東京に来たときに飲んで以来の再会でした。

久君は、この震災でお母様のとみ子さんを失いました。3月30日にもらったメールでそのことを知ったのです。お父様は、鹿折地区のあの大津波と大火事のなか奇跡的に生還することができました。これらのことは、米ロサンゼルス・タイムズの記事としても紹介されました。久君は、“母親の遺影とその記事の写真でめぐりあうことになりました”とメールに書いています。

久君は現在、あの日野原重明さん(100歳)が理事長をつとめる聖路加(せいろか)国際病院の消化器センター長と外科部長という要職にあります。母親が病を得ても、平常時であれば最善の医療をほどこすことができたでしょうに。それだけに、久君も無念だったろうと。

3月のメールは、つぎのように結ばれていました。
「被災地はまだまだ塗炭の苦しみですが、希望を捨てずに励ましあう人々の姿に感動を覚えます。今後も、両親の教えどおり人のために最善を尽くすことに努力を重ねます。落ち着いたらゆっくり飲みましょう」

「人のために最善を尽くす」と書いても違和感がない。小野寺久はそんな男です。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/67~68歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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