「亀の湯」閉店へ

1月20日の三陸新報に気仙沼の銭湯〈亀の湯〉が3月に閉店するとの記事。

1:20亀の湯2
三陸新報1月20日記事の一部イメージ

三陸新報サイトでもニュースを紹介していたので、その記事から一部を引用します。

「 気仙沼市魚町で、地域住民や漁船員などに親しまれてきた銭湯が3月末に閉店。131年の歴史に幕を下ろす。土地区画整理事業内(小田註:事業対象地区内ということですかね)にあって、新たな建設費用などを考えると、営業を続けていくのは難しく、店じまいを決めた。利用者からは惜しむ声が上がる。
 亀の湯(齊藤克之代表)は、1886年創業の老舗銭湯。戦後、多くの飲食店が連なった太田はじめ、魚町、陣山地区や、漁業基地である気仙沼港に水揚げした漁船の乗組員らが疲れを癒やし、肌が触れ合う社交場としてにぎわった。」(引用は以上)

創業した1886年は明治19年です。その頃の銭湯というのはどんな感じだったのか。また、亀の湯付近を入口として多くの店が連なっていた太田料飲街の明治時代の風景などにも興味がわくところです。

亀の湯には小学校あたりのときに1〜2度使ったことがあるぐらいです。少年野球大会の後にみんなで入ったとか、そんな感じ。むしろ小さなころの銭湯の記憶は〈森広〉(もりひろ)。南町の〈イコーレ〉があった場所にありました。近くにはしだれ柳の木。そのほか、南町の(煎餅坂に移る前の)海岸郵便局があったあたりにも銭湯がありましたね。

震災後の〈亀の湯〉の復活はテレビや新聞でもずいぶん紹介されました。多くのご支援もありました。そしてその歴史にも幕。魚町の土地区画整理事業がいよいよ本格化ということなのでしょうか。自分が生まれ育った魚町がどんどん変わっていきます。東京で暮らす者の郷愁とは知りつつも、新聞の記事や広告のなかに〈閉店〉という文字を見るとちょっとさびしくなるのです。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 亀の湯

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銭湯の想い出

こんにちは。
亀の湯そうなんですか。お湯がチョロチョロとしか出なくて(笑)。魚町に引っ越した時には家風呂も出きたんですが、倉庫も兼ねた使用だったので、時々利用してました。進学後~就職してからも帰省時には何度か使ったんで回数はともかく利用期間としては一番長かったと言うことになりますね。弟はヘビーユーザーだったはず。

気仙沼での銭湯利用遍歴は、八日町に住んでいた家風呂がなかった頃の千代の湯(南町のカトリックに上がる坂の角)に始まって、森広-気仙沼湯(小田さんの書かれてる海岸郵便局の所と思います。)-そして亀の湯です。スポット的に新町の薬湯とか友の湯とか。
 それぞれに想い出があって、
千代の湯はやたら熱くてシャワーが無かったのであんまり好きじゃ無かったです。(笑)
 行儀作法にうるさいおんちゃんが居て、お湯をうめると怒られたり、湯槽の底の方に熱いお湯が出る所が有って、うっかり近付けて火傷したりしたなあ。記憶がないころからで言えば一番通った銭湯なんだと思います。
 一人でも行くような年齢になって森広にも足を運ぶようになった頃に閉店したんですよね。小2か小3位ですかね。
 森広は入り口の角にマツヤという駄菓子屋が有って、そこにもよく通ったなあ。プラモデルが流行ってて、戦艦大和を作って湯舟に浮かべたり、この頃からは親と行くより、友達と行く事の方が多かったですね。ちっちゃい子供のやつだと思いますが、○んこが浮かんでた事もありました。(笑)
 あの一角が、プラージって建物になることが決まって廃業してからは気仙沼湯。
 気仙沼湯は仲間うちでは、通称けぶろと呼んでました。機械の上の楕円形のガラスの器のなかにジュースが舞う自販機があって、紙コップをあてがって飲むやつ。今思うと、小学校の3年辺りから6年生辺りまでは、遊びの一つとして、銭湯さいぐべしって選択肢があったような気がします。
で、銭湯と言えば、映画のポスター!旭とか、南映とかでかかるやつ。番台のおんちゃんやおばちゃんに、終わったらけらいね!って、いち早く予約しといてゴジラとかのをよくせしめてました。
 南映のは興味は満々ですが、持って帰れんポスターが多かったんで、専ら文信堂や白萩辺りでその類いの載った雑誌を立ち読みしてました。ジャンルは詮索はしないで下さい!(笑)

 昨春、実家の引越に伴い整理に帰った際、残ってた中に栄光のル・マンやエクソシスト、燃えよドラゴンなどに混じって、エマニエル夫人があったのには笑いました。裏には、○○くんと書かれてあったのは兄のなんですけどね。

 今でも銭湯は好きで、近くの2件を偏りが無いように通ってますが、どちらかと言えば人気が劣る方に通ってます。廃業されても困りますしね…。
 実家が商売をしてて、前回はこっちで買ったんで、今回はこっちのお客さんの所からみたいな感覚を植え付けられてるのも要因のひとつです。

 
 
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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