それぞれの年の瀬

昨年のことになりますが、「週刊新潮」12月29日・1月5日新年特大号の巻頭グラビアページに、気仙沼〈すがとよ酒店〉新店舗の開店が紹介されていました。

新潮すがとよ
「週刊新潮」12月29日・1月5日新年特大号より

記事の冒頭部分を引用します。

「 あの日から5年9カ月あまり。時間だけは誰にも平等というが、“復興”への歩みは、被災3県、一様ではない。

気仙沼市鹿折(ししおり)地区では、津波で街がほぼ壊滅した。創業97年の老舗『すがとよ酒店』を営んでいた菅原文子さん(67)は、店舗と一緒に切り盛りしていた夫の豊和さん、義父母の豊太郎さん、のり子さんを目の前で失った。約1カ月半後にコンテナハウスで営業を再開。文子さんが酒瓶に貼った手書きの『まけねぇぞ気仙沼』のラベルが評判を呼んだ。まだ行方不明だった夫への思いを綴った手紙が、その年の恋文大賞に選ばれ話題に。仮設店舗を移転しながら営業していたが、元の店のすぐそばにある豊和さんの遺体が見つかった場所で、2016年12月17日、新店舗の開店にこぎ着けた。」(引用は以上)

右上の写真キャプションには〈長男一家(左〉、次男一家、三男(右端)に囲まれた文子さん〉、左上の小さな写真には〈震災直後、長男次男で看板を守った〉と記してありました。

記事は、文子さんの言葉をつぎのように紹介しています。

「震災後は極限状態で、どうしたらいいかわかんなかったんです。でもどん底だと思っても命があればなんとかなる。悲しみの中で出会った人たちがたくさんの力をくれました」

すがとよ酒店の話を書いた昨年12月のブログでは「店舗名〈すがとよ〉は、菅原豊和さんの名からとったものだと思います」と書いたのですが、週刊新潮の記事に義父の名が「(菅原)豊太郎さん」とありました。店名は豊和さんのお父様の名にちなんでいるようです。

週刊新潮の宮城県気仙沼市に関する記事は、すがとよ酒店の歴史と被災を短くまとめながら〈よかったね〉とのメッセージを伝えてくれました。一方で、岩手県大槌町については身元のわからない遺骨の話、福島県浪江町に関しては福島県警による行方不明者の捜索についてでした。見出しは〈被災3県それぞれ6度目の年の瀬〉。まさにそれぞれの年の瀬、そして新しい年ということでしょう。

2016年12月26日ブログ「すがとよ本設開店」
2011年11月11日ブログ「文子さんの手紙」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 すがとよ酒店 鹿折

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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