無医地区への危機

いやあ、きのうのクラブワールドカップサッカー決勝はすごかった。敗れたとはいえ素晴らしいサッカーを見せてくれた鹿島アントラーズ。そのスタメン中3名が東北出身だったのですね。小笠原が盛岡出身で大船渡高校、柴崎は青森県上北の野辺地町出身で青森山田高校、そして遠藤は塩竃出身で塩竃高校です。大船渡とか塩竃と聞くと、なんか親近感がわいてきます。

さて、12月15日の三陸新報に、気仙沼大島で唯一の医療機関である大島医院の山本馨医師(71)が、来年3月末で退職する意向を示しているとの記事が掲載されていました。

12月15日山本医師退職
三陸新報12月15日記事の一部イメージ

記事によれば、大島の中央部に位置する大島医院は、市が土地と建物を無償貸与しています。2006年5月から1年間、無医地区になったことがあったそうですが、翌年(2007年ということでしょう)の5月に公募によって山本医師が着任して診療に当たってきたそうです。本年8月に山本医師から退職の申し出があり、市や関係者が慰留につとめてきたそうですが、ご本人の意思は固いとのこと。

2年後には大島と本土をつなぐ架橋が完成します。しかし、大島に医師がいなくなる状況をなんとか避けたいと、12月14日に大島地区の関係者が市長に後任医師確保を求める要望書を手渡しました。

記事では、大島地区関係者の震災時はもちろんのこと、夜間診療や救急搬送など山本医師の親身になっての対応に対する感謝の言葉も紹介されていました。山本医師は、三陸新報社の取材に対し、「高齢でもあり、10年でちょうど区切りと思っていた。孫のいる北海道に帰る予定でいる」と話しています。

〈71歳〉〈10年〉〈孫のいる北海道に〉といった言葉を聞くと、しかたがないかとも思ってしまうのですが、大島のみなさんにとっては本当に切実な問題。菅原市長は、公募も視野にいれながら後任の医師確保に全力を挙げる考えを示したとのことです。

なお、河北新報も12月16日に、〈気仙沼大島/被災の離島唯一の医師退任〉の見出しで記事を配信しています。

河北新報12月16日配信記事
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 大島医院 山本馨

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示