昭和初期の気仙沼

インターネット百科事典〈Wikipedia/ウィキペディア〉は私も便利に利用させてもらっていますが、きのう同サイトで〈気仙沼市〉の説明を見ていたら、知らない画像が掲載されていました。〈昭和初期の頃の気仙沼〉。


ウィキペディア「気仙沼市」項目内容より

この〈昭和初期〉というのはいつ頃でしょう。画像をクリックして付帯情報を見ると、〈朝日新聞社「新日本大観 附満州国 レンズを透して見たニッポンのガイドブックより〉とあり、〈1930年代の気仙沼〉とあります。画像ファイル名も〈kesennuma_in_1930s.jpg〉となっています。西暦1930年は昭和5年ですから、1930年代は昭和5〜14年。

私の興味を引いたのは写真右下の大通りです。震災前の風景でいえば、手前から見て右がカネダイで左が漁協という感じでしょうか。右端に魚市場がうつっていますが、私の記憶ではもっと左側にあったとようにも思うのですが。

五十鈴神社/お神明さんの左側にはまだ全漁連の冷凍庫ビルはありません。しかし、海岸から坂口に向かう道の右角にあるのは海産物問屋の斉富商店ですね。震災前まであったその姿がうつっています(というか、うつっているような気がします)。

それと、右側中央部にある建物も〈佐甚商店〉ではないでしょうか。私の小さなころの記憶と重なっています。道をはさんで右側の2軒目は〈茂木六〉さんかなあ。いずれにしても昭和4年の気仙沼大火のあとの風景であることに間違いはないでしょう。

しかし、昔の気仙沼風景になぜこんなに興味をひかれるのでしょう。64歳という年によるものか、失われたものに対する郷愁か。あるいはその重ね合わせか。それにしても、ウィキペディアにこの写真が掲載されていることに気付かなかったのはうかつでした。ということで、遅ればせながら本日のご紹介となりました。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 ウィキペディア

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気中20回生支援会

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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