ユニセフ脱脂粉乳

10月28日の読売新聞に日本ユニセフ協会の広告が掲載されていました。

ユニセフ
読売新聞10月28日掲載広告の一部イメージ

〈あの脱脂粉乳は、どこから届いたのだろう?〉というキャッチコピーの左下に、〈戦後食糧難の時代、ユニセフミルクとも呼ばれた学校給食の脱脂粉乳が、ユニセフを通じ世界から日本へ届けられました〉と。そして、ユニセフ遺産寄付プログラムの紹介文が続きます。

なんかとても懐かしい思いのする写真です。来ている服の様子などからすると、たぶん私たちより4〜5年上、団塊の世代まっただ中の人達だと思います。私たちが小学校低学年のころも、こうしたアルミバケツに入った脱脂粉乳をお昼に飲みましたが、戦後の食糧事情はこの写真当時よりも改善されていたはずです。

あの脱脂粉乳は、米国のアジア救援公認団体〈LARA〉からの救援物資、いわゆる〈ララ物資〉のひとつと私は思っておりました。ですから、この広告を見て、あれっユニセフだったかと。そしてウィキペディアの脱脂粉乳についての記述を見てみると、つぎのように記してありました。

〈ララ物資は1946年11月から1952年6月までに行われ日本は脱脂粉乳の援助を受けた。ユニセフから日本は、1949年から1964年にかけて、脱脂粉乳などの援助を受けた〉

この記述が正しければ、1951〜52年生まれである私たちの学年が飲んでいた脱脂粉乳はユニセフからのものですね。

それにしても、この写真にうつるアルマイト容器を持つ少年の表情がとてもいい。それと後ろにうつる同級生らの笑顔も。たぶんカメラマンの撮影を面白がって、はやしたてたりして笑っているのでしょう。

日本ユニセフ協会の公式サイトの記述によれば、ユニセフは日本に脱脂粉乳、衣料用の原綿、医薬品などを届け、その支援総額は当時の金額で65億円にもなったそうです。

私たちが大きくなってから、あの脱脂粉乳は家畜の飼料用のものだったことを知らないのかと訳知り顔に語る向きもありましたが、それがどうした、余計なお世話。決して悪意を込めた支援物資ではないでしょう。ということで、遅ればせながら当時のユニセフさん、ありがとうございました。

そして、この写真にうつる二人の少年。私の推測では現在70歳ぐらいになると思うのですが。新聞紙面に大きくうつる当時の自分の姿を見てどんな気持ちをいだいたことでしょう。いまも元気に暮らし、当時と同じような笑顔をみせてくれたとすればなによりです。

2014年5月23日ブログ「1958年 給食風景」
2014年5月28日ブログ「懐かしの完全給食」
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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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