防潮堤と商業施設

11月11日(金)で震災から5年8カ月。同日の読売新聞朝刊では、〈震災5年 再生の歩み〉の11月記事として、気仙沼市の内湾地区を中心に、防潮堤建設においてどのような工夫がなされているかを特集していました。

内湾防潮堤読売
読売新聞11月11日朝刊記事の一部イメージ(クリックで拡大)

内湾地区の防潮堤計画については、このブログでもその経過を何度か紹介してきましたが、今回の読売新聞の記事は、要点がコンパクトにまとめられています。記事では気仙沼のほかに、宮古市田老、石巻市雄勝町、塩竃市、大船渡市、いわき市などの防潮堤での工夫なども紹介していますが、気仙沼関連の記事を以下に引用します。

〈 東日本大震災の復興事業の中でも、巨大な防潮堤に対する抵抗感はいまだに根強い。コンクリートむき出しの壁が、慣れ親しんだ海岸の風景を損ない、眺望を奪うからだ。そんな中、宮城県気仙沼市の住民たちは知恵を絞った。防潮堤を新しい街に溶け込ませられないか――。

 気仙沼市の内湾地区は、日本有数の漁港に近い街。飲食店や商店が立ち並ぶ「気仙沼の顔」だったが、津波で大半が流失した。県は、ほかの津波被災地と同様、巨大な防潮堤の整備を計画した。最上部の高さは海抜5メートル超。住民たちは「海が見えなくなる」「無機質な景色になる」と反発した。震災前、一帯には防潮堤がなかったのだ。

 ただ、反対ばかりではなかった。有志で街づくりの会を発足させ、防潮堤のことを学んだ。県や市とも話し合いを重ねた。防潮堤の厚みは50cm。視界を遮るこのコンクリートの壁面を、商業施設やテラスで覆い、街並みと海岸線に溶け込ませるというアイデアは、そうして結実した。

 内湾地区に建設される防潮堤583メートルのうち、中心部の203mを事業対象とすることが決まった。核は、飲食店や観光案内所などが入居する「ウォーターフロント施設」。一部3階建て、延べ床面積1500平方メートルの建物を防潮堤の内陸側に建てる。施設と防潮堤の間に生まれる幅約4メートルの空間は、木材を使った通路「デッキテラス」に。海に親しめるよう、芝の広場などを整備する。

 施設と通路の建設費は総額約5億円を見込む。半分強は国や県の補助金でまかなえそうだが、残りは借入金。返済にはテナント料収入を充てる予定だ。採算が取れず、テナントが撤収すれば、事業は暗礁に乗り上げる恐れもあるが、住民たちは前を向いた。9月末時点の地区人口は約650人。震災で4割も減った。

 「観光客に訪れてもらい、地域経済が潤わないと、住民も街に戻ってこない」。街の復興に向けて、気仙沼商工会議所会頭の菅原昭彦さん(54)の危機感は強い。菅原さんは、地元企業と市が出資する街づくり会社「気仙沼地域開発」の社長も兼務。同社は今回の事業主体になる。着工は来春。2018年4月の完成を目指す。



 防潮堤を整備しても、津波による浸水が想定される場合には、災害危険区域を指定し、居住を制限する自治体は多い。沿岸部は誰も住まない地域になり、職と住は分離する。せっかくウォーターフロント施設を作っても住民が利用しづらい場所になってしまう。

 その点、気仙沼市の街づくりは「職住一体」が基本だ。海に近い場所で街の再建を目指し、地盤を約3 mかさ上げし、災害公営住宅(復興住宅)も建てる。市条例で「市長が支障がないと認める場合」には、災害危険区域でも居住できるようにした。「海の恩恵を受けてきた歴史を途絶えさせたくない」という住民の訴えに応えた。住宅ができれば、防潮堤の新施設は住民の来店も見込めるわけだ。

 復興住宅の住居部分は2階以上に限定し、1階部分は商用スペースにする。市は、東日本大震災級の津波が起きても、防潮堤とかさ上げで、浸水は1メートル程度と試算、安全面はクリアしたと判断した。商用スペースには、来春に撤去される市中心部の仮設商店街の店舗も入居する予定だ。

 気仙沼市は、震災前より1割以上も人口が減り、約6万6000人になったが、震災前も年間約1000人のペースで減り続けていた地方都市でもある。震災をきっかけに誕生する新しいスペースをどういかすか。沿岸部での取り組みは、人口減と向き合う被災地の先進例にもなる。〉(引用は以上)

建設費総額は約5億円で、半分強は国や県の補助金でまかなえそうとのこと。残り半分の借入金返済にはテナント料収入を充てますが、テナントが撤収すれば、事業は暗礁に乗り上げる恐れもあると記事で述べられています。それが一番の心配。関係者の不安もそこにあるでしょう。はたしてお客様が戻ってきてくれるのかと。

9月2日のブログで書きましたが、その時点でのテナント募集31区画のうち、まだ19区画の見通しがたっていませんでした。その後どうなったかと心配しているところです。いろいろ大変かと思いますが、海と生きる町 気仙沼の顔として、なんとかよい施設なるようにと心から願っております。

9月2日ブログ「スロー村途中経過」
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 防潮堤 スロー村

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示