大正5年の一景島

10月13日のブログで気仙沼市弁天町のホテル一景閣での「あなたの気仙沼 想い出コンテスト」作品展示会を紹介しました。そのブログ記事を書いたときに思いだした新聞スクラップがあります。これです。(クリックで拡大します)
一景島
新聞「気仙沼かほく」のシリーズ「ふるさと秘蔵写真館」に掲載された一景島神社の写真。タイトルは〈港の守護神〉です。記事を引用します。

〈大正5年に撮影した。気仙沼市弁天町にある現在のホテル一景閣付近から、当時は海と大島の景観が広がり、すぐ前には一景島が浮かんでいた。一景島には「弁天様」と親しまれる一景島神社がある。昔から「港の守護神」として信仰を集めてきた。一帯は昭和30年に埋め立てられ、現在の一景島公園になった。しかし、一景島神社とともに、左の岸から架かる橋「神橋」は公園内に現在も残されている。(気仙沼市弁天町・斉藤徹さん所蔵)〉(引用は以上)

写真の所蔵者は、ホテル一景閣の代表取締役をつとめている斉藤徹さんだと思います。同ホテルは今年100周年を迎えましたが、創業の年は大正5年ですから、その年に撮影した写真だったのですね。

一景島の周辺の埋め立ては昭和30年(1955)とのことで、私たち気中20回生が3歳とか4歳のころ。埋め立て前の一景島の記憶がある同級生がいるかどうか微妙なところです。私は一景島公園にもあまり行った記憶はありません。小中学生だったころ、私が暮らす魚町から弁天町まではかなり遠い感じがしたものです。

ところで、この気仙沼かほくの新聞スクラップはいつの記事だったのか。裏側に瀬戸内海にかかる明石大橋が来年4月に開通するとの記述がありましたので、1997(平成9年)の記事とわかりました。当時、気仙沼の実家で読み終わった〈三陸新報〉や河北新報発行の〈リアスの風〉を10日分ぐらいまとめて送ってもらっていました。これもそのひとつなのか。それとも亡くなった父が残していたスクラップだったのか、今になるとちょっとわからない。いずれにしても、気仙沼の歴史写真としてとても興味深かったのでしょう。19年前のセピアがかった新聞記事。本日は私の〈ふるさと秘蔵スクラップ〉ということでご紹介しました。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 一景島 一景閣

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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