青鬼、なぜ泣くの

10月30日(日)に、気仙沼演劇塾「うを座」の発表会があります。10月19日の三陸新報につぎの広告が掲載されていました。

10月19日うお座
三陸新報10月19日掲載広告(クリックで拡大)

演目は、「泣いた青鬼」です。あれっと思った方も多いのではないでしょうか。泣いたのは赤鬼ではと。そうです。「泣いた赤鬼」は浜田広介(ひろすけ)の童話/児童文学作品。私が知っているのは、教科書かなにかで読んだからでしょう。

うを座の「泣いた青鬼」は、この「泣いた赤鬼」を前提にしてのものと思います。和歌における「返歌」、ポップスやヒップホップでの「アンサーソング」みたいな。そうであれば、「泣いた赤鬼」のストーリーも知っておきたい。ということで、私の復習も兼ねて、あら筋を以下にまとめてみました。

〈 山の中に住む一人の赤鬼が、人間たちとも仲良くしたいと考え、家の前に立て札を立てました。そこには「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます。」と書いてあります。

しかし、誰一人遊びにきません。赤鬼は悲しみ、くやしがり、立て札を引き抜いてしまいます。そこへ訪ねてきた友達の青鬼がその話を聞いて、次のようなことを考えてやりました。

まず、青鬼が人間の村で大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。そうすれば、赤鬼がやさしい鬼だということがわかってもらえるだろうと。それでは青鬼にすまないとしぶる赤鬼を、青鬼は無理やり引っ張って、村へ出かけて行きました。

この計画は成功し、村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。赤鬼はとても喜びましたが、気になってくることがありました。あの日から訪ねて来なくなった青鬼のことです。そこで赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみますが、その戸は固く閉められていました。そして戸のわきの貼り紙には、つぎのように書かれていたのです。

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼。」

赤鬼は、だまって、それを読みました。二度も三度も読みました。戸に手をかけて顔を押し付け、しくしくと、なみだを流して泣きました。 〉(あら筋は以上)

青鬼による貼り紙の文面以降は、原文どおりになっていると思います。二度も三度も読みましたが、泣けますね。要約することができません。

このストーリーは、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」を連想させます。「自己犠牲」。単純にいえば、カムパネルラが青鬼でジョバンニが赤鬼か。だからどうしたということもないのですが、読後の余韻が似通っていると思いました。

30日の発表会公演の脚本と演出は、長く「うを座」をご指導くださっている壌晴彦(じょう はるひこ)さんです。そして壌さんを師匠とする森一馬(もり かずま)さんも演出に加わっています。うを座の塾生数も今は10人ほどと少なくなっているようですが、音楽にたとえれば、オーケストラとは違う小編成の良さがあることでしょう。

この「泣いた赤鬼」に対して、うを座の「青鬼」がどのようなことになるのか、とても興味があります。気仙沼にいれば見に行くんだけどなあ。どうぞ皆様、今度の日曜日30日はホテル観洋に出かけ、「青鬼が泣いたわけ」をご確認くださいますように。

ここまで長く書いたものの、「泣いた赤鬼」と関係なかったらどうしようと、心配になりました。もし違っていたら、ごめんなさい(笑)。

7月27日ブログ「壌さんと『うを座』」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 うを座 壌晴彦 泣いた青鬼

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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