三陸新報復刊70年

気仙沼などをエリアとするローカル新聞「三陸新報」が10月17日に復刊70年を迎えました。10月16日には70年の回顧記事などを掲載したカラー特集号も発行されました。16日付けの紙面から、「三陸新報」復刊の経緯と、震災当時の新聞発行の苦労などをまとめました。

16日付けの同紙論説によれば、復刊までにはつぎのような経緯がありました。戦前1933年に創刊された「三陸新報」は、東条内閣の言論統制「一県一紙」政策により廃刊となります。そして戦後、復刊に踏み切ったのが戦前の三陸新報で記者をしていた浅倉橘男初代社長です。「三陸新報」という題号だけを引き継ぎ、新しい新聞として復刊したのです。それが1946年(昭和21年)10月17日でした。復刊時の部数は1500部だったといいます。

そして2011年3月11日。その震災当日の新聞製作はあきらめざるをえなかったのですが、翌12日早朝に12日付けの号外紙面制作を決定します。停電はしていたものの、配送用トラックのバッテリーを利用してインクジェットプリンターの起動に成功。そしてA4判用紙片面の特別号300部を発行しました。13日付けは500部に。内容は被災状況のみで配達先は避難所になっていた学校や公民館、市役所などでした。

14日には停電が解消しましたが、輪転機は使用できません。そこで15日付紙面はコピー機でA3判両面の1000部を発行。翌16日付けからは三陸印刷の機械でA3判両面3000部を印刷しました。紙面サイズが大きくなったことで、復旧状況に加えて、避難者リストの掲載を始めました。このA3判両面の誌面は3月いっぱい続き、輪転機が稼働したのは4月1日付けからのことです。

当初の紙面づくりでは避難者情報を優先させました。避難施設に記者が出向き、壁などに張り出されている名簿をカメラ撮影し、それを文字に起こしたそうです。これを3月15日付から18日付まで続け、その後は20日付まで避難所情報としてA1判の別刷りを100部発行。16日の特集号記事には、この避難者名簿だけのA1判紙面が紹介されていました。3月15日現在とのことですから3月16日発行分でしょうか。

10月16日避難者名

この避難者名簿の作成は大変だったでしょうね。記事には〈読解不能な文字もあったが、可能な限り掲載〉とありました。日頃の記事作成においては正確な人名表記を心がけている記者の皆さんは、情報の正確さと速報性のどちらをとるかということで、悩むことも多かったのではないでしょうか。

記事の紹介は以上にしておきますが、10月16日の特別号には、気仙沼の70年などもコンパクトにまとめてあり、とても興味深い内容になっていました。

三陸新報さん、復刊70年おめでとうございました。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 三陸新報

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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