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北杜夫さん逝く

10月24日、作家の北杜夫さんが亡くなりました。私に本を読む楽しみを教えてくれたのが北杜夫さんでした。

一番最初に読んだのがなんだったか。たぶん「どくとるマンボウ航海記」でしょうね。気仙沼高校一年生のころです。

北さんは人気作家でしたから、魚町の書店「白萩」や南町の「文信堂」の棚に何冊も並んでいました。それを一冊一冊読みおえて、今度は注文して1週間か10日ぐらいあとに届く本を楽しみに待ちました。高校当時、書店で手にはいる北杜夫さんの本たしか23冊をすべて読みました。

一人の作家の作品をいろいろ読んでいくと、おなじテーマというか材料がいろいろと書きわけられていることを知ります。愛読者だけがわかる創作の裏側。

たとえば、長編「楡家の人々」は北さんの父母、斎藤茂吉と輝子をはじめ、斎藤病院一族の話ですから、家族の背景を知っていれば、より楽しめるというわけです。高校のころは丁寧に読んでましたから、この長編を読みおえたときはなにか大きな達成感をおぼえました。

私にとっての北杜夫ベストワン。それはやはり「幽霊」です。或る幼年と青春の物語。

2000年の秋に東京・世田谷文学館で開催された「北杜夫展」に行きました。入口には、「幽霊」の自筆原稿。私がいまでもおぼえている冒頭の文章です。そして気づきました。一カ所違っているのです。その原稿のあとに推敲したのでしょうね。それに気づいた俺って(笑)。なんかうれしかった。

7月9日のブログにも引用したのですが、この「幽霊」の冒頭の一節をふたたび紹介。


 人はなぜ追憶を語るのだろうか。
 どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。一一だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまで続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。


本日は「気仙沼高校」「白萩」「文信堂」以外は気仙沼と関係のない話。ちょっと長く、固めになりました。文化の日ということでお許しを。

7月9日ブログ「追憶を語る理由」
 
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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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