春日利春君の随想

きのう8月24日(水)の三陸新報〈リレー随想〉の筆者は、同級生の春日利春君(3年9組)でした。タイトルは〈新しいコミュニティづくりに まつりの活用と参加を〉。

春日利春君
三陸新報8月24日記事より

春日君は、気仙沼高校を卒業して商工会議所に就職したのですが、その年のみなとまつりの事を書いていました。1970年(昭和45)のこと。その部分を引用します。

「さて、私が就職した年の気仙沼みなとまつりは、ちょうど20回目の記念でした。8月4日前夜祭、5日が本まつりで、この年の特徴は車両を一時通行止めにして開催した仲町大通り、大堀銀座、仲山通りの七夕まつりでした。これは「商店街フェスティバル」の名称で、商工会議所と警察が強力にバックアップして実施され、「歩行者天国気仙沼版」として大変喜ばれました。

振商会通りの「チビッコ天国夏まつり」も好評でした。花火は祈念大会のためにひと回り大きくし、5業者による1300発の打ち上げで、「東北一の海の花火」として3万人の観衆を集めました。(気仙沼商工会議所発行 商工二十年のあゆみ より)」(引用は以上)


この年わたしは、気高を卒業して仙台で浪人していましたから、夏には気仙沼に帰り、みなとまつりも見ているはずです。仲町や八日町の仲山通りの七夕もなんとなく覚えています。私が知る華やかだったころのみなとまつりの記憶です。

春日君は、2004年に気仙沼商工会議所の専務理事に就任し、2014年7月に退任しています。現在は、気仙沼市体育協会副会長、気仙沼市陸上競技協会副会長をつとめているということです。

春日君というか敏春君とは、2011年に銀座TSビルにできた気仙沼のアンテナショップ〈銀座いきなり市場〉で会いました。商工会議所の専務理事として、いろいろと尽力していたのだと思います。ご苦労さまでした。来月9月24日に気仙沼で開かれる同年会でまた会うことができるでしょう。


(追記)
8月19日のブログ「気仙沼」の由来 で7月7日の読売新聞の紙面画像を紹介しましたが、これは菊田裕美君提供の埼玉県内版です。同時期に気仙沼を含む宮城県内版でも掲載されました。都内版になぜ掲載されないのか不思議に思っておりましたら、きのう8月24日朝刊にやっと掲載されました。奇妙に感じたかたがいらっしゃるかもしれないので念のため。
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 みなとまつり 春日利春

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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