ほぼ日in気仙沼

糸井重里さん。数多くの魅力的な広告コピーをものしてきたコピーライターとしても知られていますが、1999年からはインターネット上で「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日=ほぼにち)を創刊し、多くの読者、ファンを獲得しています。

その糸井さんが気仙沼をなにくれとなく支援してくれているのをご存じでしょうか。
震災後のツイッターでのメッセージ(ツイート)で、糸井さんと気仙沼との関わりを追ってみました。

震災後当初、糸井さんは義援金の金額などについての考えを述べるなど、ご自身にできることがなにかといろいろと考え、発信しています。そして5月には宮城県山元町でのボランティア活動「スコップ団」に参加するなど、被災の現場を体験します。そうした活動のなかで、ボランティアグループや支援活動をおこなう多くの人との出会いがあったようです。

たとえば支援団体「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表 西條剛央さん。そして、「セキュリテ被災地応援ファンド」をミュージックセキュリティーズ(株)とたちあげたNPO法人ファイブブリッジの山田康人さん。

山田さんは宮城県庁に勤め、気仙沼在住時にはコヤマ菓子店小山隆市君(3年6組)の長男裕隆さんらと「気楽会」を立ち上げて気仙沼ホルモンのPR活動を行うなど、根っからの気仙沼好きだそうです。「セキュリテ被災地応援ファンド」に、斉吉さん、アンカーコーヒーさん、石渡商店さんなど気仙沼の会社が多く参加しているのはこうしたご縁があったのですね。

そして7月9日、「ほぼ日」で山田さんと西條さん、糸井さんとで話しているなかで、「ほぼ日気仙沼支社」の構想が生まれました。翌日10日の西城さんのツイートでは「糸井重里さんの“天才”をまざまざと目の当たりにしました。こんなに知的な興奮、快感を味わえたのは震災後初めてかもしれない。いやあ凄かった」と。
糸井さんのツイートはこうです。「ほんとうになってから発表するべきかもしれないけれど、「ほぼ日」の気仙沼支社をつくろうと思ってる。今日、西條さんと話しているうちに、イメージが見えてきたんです。ちゃんと事業にするようにしなきゃいけない。あれこれ考えていると眠れなくなっちゃう」

私も糸井さんのツイートで「ほぼ日気仙沼支社」の文字を目にしたときは驚きました。いったいどうなってるんだって。
この段階では糸井さん個人の構想ですが、実現にあたっては「ほぼ日」の組織としての計画にしなければなりません。翌週の定例ミーティングで構想を話されたスタッフの皆さんは驚いたでしょう。なんで気仙沼なの、とかね。

いま、その支社開設に向けた準備が着々と進んでいます。場所は田中前のコヤマの近くみたいですよ。糸井さんはこれまでも3回ほど気仙沼を訪れていると思いますが、今月末にはまた気仙沼訪問予定。11月1日には事務所開きとか。

そして最後にビッグニュース。
糸井さんのツイートや、「ほぼ日」トップページ「今日のダーリン」の内容を総合すると、糸井重里さん作詞、矢野顕子さん作曲の歌が11月1日に発表されるようです。

「気仙沼においでよ」

なんかこのタイトルを聞いただけでしびれますね。あの矢野顕子さんがどのように歌うんだろうか。矢野さんは小さいころ青森で育ちましたから、東北人の感情、ニュアンスを絶妙におりこんで歌ってくれるのかな。糸井さんがひところ普及につとめていた「けろ」を使っていえば「気仙沼に来てけろ」的な(笑)。

糸井さん、本当に本当にありがとうございます。これからも、私たちが愛してやまない気仙沼をよろしくお願いします。

「ほぼ日刊イトイ新聞」トップページ (毎日更新され以前の内容は見られません)

「ほぼ日」東北の仕事論 気仙沼・斉吉商店篇

「ほぼ日」西條剛央さんの、すんごいアイディア

「セキュリテ被災地応援ファンド」
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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