南町浮桟橋の復旧

8月21日(日)の三陸新報に、気仙沼の内湾エースポートにあった浮桟橋が姿を現したという記事が掲載されていました。

浮き桟橋

三陸新報ニュースサイトより

紙面での記事の一部を以下に引用します。

気仙沼市の内湾で復旧工事が進む「南町浮桟橋」が姿を現し、通行人らが足を止めて眺めては、懐かしさに浸っている。本年度中を予定している護岸工事の完了まで渡ることはできないが、内湾にシンボルが一つ帰ってきた。

フェリーや消防艇などが発着し、人が行き交う港町らしい光景を形成していた浮桟橋は、東日本大震災の津波で全壊。現在は護岸工事と合わせて、整備が進められている。

浮桟橋は湾内に到着したものの、接岸岸壁の護岸工事の完了まで係留されている状態。工事が完了する本年度中に供用が開始される見込み。(以下略)

震災の津波で被災した桟橋は、長い間その残骸が岸壁付近にさらされたままになっていました。なぜ撤去しないのだろうと疑問だったのですが、ずいぶん前にその撤去費用が相当な金額になるということを知って、後回しもしかたないかと思っておりました。

浮桟橋と聞いて思い出すのは、お神明さん(五十鈴神社)の浮見堂近くにあった貸しボート屋さんです。中学のころは結構のりました。まだ内湾には牡蠣の養殖いかだが沢山うかんでいました。その間をぬって造船工場などがある対岸に〈上陸〉するとそれなりの冒険気分を味わうことができたのです。

あの貸しボート屋さんは、いつまであったのでしょう。牡蠣いかだの樽を使った簡素な桟橋をなつかしく思い出します。
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tag : 気仙沼 気中20

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気中20回生支援会

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

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