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どうすっぺ

妻の母が先週、義姉夫婦と一緒に震災後はじめて気仙沼に帰りました。二泊三日。すっかり変わってしまった気仙沼の風景にあらためて驚いたようですが、妹家族と会うなどして、ひさしぶりの気仙沼時間を過ごしました。
ただ、津波で2階半分ほどまで水があがり取り壊しを待っている南町の実家は見なかったというか、見せなかったとのこと。

南町の民家取り壊し作業はどうも止まっているみたいで、実家の1階には誰のものかわからない軽自動車が流れて入り込んでいたり、瓦礫状態のままなのです。夫と3人の子供と暮らした思い出が沢山つのるあの家の惨状をみたら、とても平静ではいられないでしょう。

義母はここ2年ほど、鹿折地区のケアハウスにお世話になっていました。日当たりもよく、南町の実家にひとりでいるときよりも元気になったようにも見えました。しかしこの3月、津波にあいました。
「2階の廊下で胸まで水につかったけんとも、てすりに“たっつがって”(すがりついて)助かったのっさ」。
ケアハウスはその後火事でもやられて再建の見込みはまだたっていません。

義母はいま、焼津の義姉宅に戻るまえの一週間ほどを東京のわが家で過ごしています。こうして何度か二人の娘のところを行き来しているのです。

気仙沼に帰る場所がない。それがどんなにつらいことか。私は「お母さん、気仙沼にいるときよりよっぽどいいじゃない。実の娘と一緒にいられるんだから」というのですが。

ちょっとしたときに義母さんの口からもれる「どうすっぺ」。どうしよう、どうしたらいいんだろう。懐かしささえおぼえるその言葉を聞いても、返す言葉がすぐには見つかりません。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

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気中20/小田

Author:気中20/小田
このブログは、東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/71~72歳)たちを支援する首都圏在住者「気中20回生支援会」ブログとして始めました。いまは、気仙沼出身東京在住者による気仙沼情報ブログとして、魚町育ちの小田(気中3年8組)が書いています。

Twitter: @kechu20

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