古舘さんと気仙沼

「報道ステーション」のキャスターを12年間つとめた古舘(ふるたち)伊知郎さんにインタビューした5月31日の朝日新聞記事。〈圧力に屈して辞めていくということでは、決してない〉との部分が注目されていますが、本日みなさんに紹介するのは他のところ。3月31日の最後の放送でのあいさつに関する話の中に〈気仙沼〉が登場するのです。

朝日イメージ

朝日新聞5月31日配信記事の一部イメージ(画像クリックで記事にジャンプ)

〈気仙沼〉関連は、下記引用の最後の部分、〈そうした思い、最後の8分のあいさつで言い切れましたか〉という問いに答えるところです。全体の文脈をご理解いただくために、前段部分も引用しておきますが、読みとばしていただいて結構です。

◎古舘伊知郎さん
「敗北だった」 キャスター経験12年間

(前略)
――政治からの圧力は、本当になかったのですか。

 「僕に直接、政権が圧力をかけてくるとか、どこかから矢が飛んでくることはまったくなかった。圧力に屈して辞めていくということでは、決してない」

――それでも、何らかの圧力があったのではと受け止められた。

 「画面上、圧力があったかのようなニュアンスを醸し出す間合いを、僕がつくった感はある。実力が足りなかった。原発事故後の福島の甲状腺がんの特集も、ドイツのワイマール憲法の特集も、考え方が違う人は『偏っている』と言う。その気配を察して、僕を先頭に番組をつくる側が自主規制をしたきらいがないか。だれかから文句を言われる前に、よく言えば自制、悪く言えば勝手に斟酌(しんしゃく)したところがあったと思う」

――なぜそれほど慎重に?

 「『偏っている』というだけの論法は、そんなに怖くない。ただ、東日本大震災後の福島の風評被害で、親戚の子どもが学校でのけ者扱いされた人からの『マスコミは徹底的に福島と心中する気もないくせに、なぜ中途半端に偽善者ぶるんだ』という声には正直、ひるみました。中途半端な言葉は見透かされる。大震災を境に、言うことを控えたという自分の反省と、言うこと控えて何が悪いのかという思いの葛藤の日々でした」

――そうした思い、最後の8分のあいさつで言い切れましたか。

 「無理、無理。思いが強すぎて。楽屋であいさつを稽古したときは18分30秒あったんです。本当は、宮城・気仙沼の漁師さんに『ありがとうございました』と伝えたかった。それは何かというと、震災後、あまりのすさまじい現実、悲しみや怒りの極致にいる人たちを前に、俺にはしゃべる資格がないと思った。だったら被災した方に、せめて一瞬でもガス抜きしてもらうのが役割だと思い、漁師さんに言ったんです。『自分はテレビの側で偉そうに言って帰る前提で聞いています。思いっきり私に怒ってください』。すると、水産加工場を見せてくれた。ウジ虫で真っ白な床。異臭。腐った魚を湾に捨てる作業。そして本音で語ってくれた。傲慢(ごうまん)で上っ面だけでしゃべれば何とかなると思っていた自分が、多少なりとも変われた瞬間でした」(後略)引用は以上

〈本当は、宮城・気仙沼の漁師さんに『ありがとうございました』と伝えたかった〉という古舘さんの言葉におどろきました。震災後の気仙沼で見たすさまじい現実と聞いた言葉。それが、古舘さんを変えたというのです。

そんなことがあったとは。3月31日に放送で語られることはありませんでしたが、古舘さんが気仙沼の漁師さんなどに伝えたかったことは、この朝日新聞の記事でよくわかりました。

以上、古舘さんの思いを一人でも多くの人に知っていただきたいと思い紹介いたしました。

5月31日朝日新聞デジタル配信記事
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4月14日ブログ「頑張れ!富川悠太」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 報道ステーション 古舘伊知郎

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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