港町ブルース歌碑

ゴールデンウィークも終了し、またいつもの一週間が始まりました。本日紹介するのは、3月19日の三陸新報シリーズ記事「あの日のまま」の写真。

ブルース
三陸新報3月19日記事「あの日のまま」より

気仙沼内湾にある巡航船発着所〈エースポート〉の広場にある〈港町ブルース〉歌碑の現在の姿です。なんとか流出を免れていたのですね(それとも、流れたのをここに戻したのか)。

『気仙沼文化史年表』には、〈平成12(2000)年10月9日 南町海岸「港ふれあい公園」に森進一を迎え、「港町ブルース歌碑」の除幕式〉との記載がありました。16年前、森さんご本人が来市されたのです。

あの広場は〈港ふれあい公園〉だったのか。たしか、歌碑に人が近づくと〈港町ブルース〉のメロディーが流れたはず。森さんの歌だったと思いますが、記憶に自信がありません。

正直な話、私はこの歌碑があまり好きではなかった。気仙沼にお出かけいただいた観光客の皆さんに向けたものであることはわかるのですが、港町ブルースの歌詞に気仙沼が入っていることを誇ってどうするんだと。

いまはどうですかと問われれば、よろしいんじゃないでしょうか(笑)。私も流した涙の数だけ大人になって、世の中にはいろんなことがあるとわかるようになりました。ここはひとつ、みなさんご一緒に。

流す涙で割る酒は
だました男の味がする
あなたの影をひきずりながら
港、宮古 釜石 気仙沼

作詞:深津武志(補作:なかにし礼)
作曲:猪俣公章

三陸新報の記事には、防潮堤建設の関係でこの歌碑の移転保存が検討されているとありました。きれいに直すのか、被災の姿を残すのか。これはこれで悩むところで、さまざまな考えがあると思いますが、この歌碑に大津波の記憶がしっかりと刻みこまれていることは間違いないでしょう。
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ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 港町ブルース歌碑

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気中20回生支援会

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東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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