別府APUとの縁

4月12日の三陸新報につぎの記事が掲載されていました。

4月12日APU
三陸新報4月12日記事の一部イメージ

大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)と気仙沼市が4月11日に友好協定を結びました。APUは、2000年に設立された日本初の国際大学で、約6000人の学生のうち半数が外国からの留学生とのことです。

協定締結により、今後は市内の再建事業所でのインターンシップ受け入れや気仙沼の高校生が別府のAPUキャンパスを訪問することなどを検討しているとのことです。また、大学のゼミを通じて、気仙沼市の課題解決に向けたフィールドワークを行うことも見込まれています。

三陸新報記事の写真の後方に皆さんよくご存じの方々もうつっていました。左から気仙沼ニッティングの御手洗社長、アンカーコーヒーも営むオノデラコーポレーション小野寺靖忠専務。そのまた右は気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭です。記事にあった再建事業所でのインターンシップ受け入れの関係者ということでしょうか。御手洗さんは、2014年6月にAPUにて「チェンジ・メーカーとしての生き方―マッキンゼー、ブータン、気仙沼」と題した社会連携セミナーをおこなっています。

また、APUと〈ほぼ日〉糸井重里さんは、2000年に開学する前からの関係があります。糸井さんは4月17日の〈ほぼ日/今日のダーリン〉で、APU副学長の今村正治さんからのメールを紹介していました。今村さんは「つい数日前に、APUと気仙沼市と友好協定を締結したばかりなのに、なんという巡り合わせでしょう」と。

幸いにもAPUの学生・教職員の被害はなく、建物の損壊も免れたそうですが、学生寮は学生の避難所となり、20日まで休講とするなど、スタッフの方々は対応に追われているとのことです。

〈ほぼ日〉糸井重里さんとAPUのご縁が、気仙沼にも広がってきたなと感じて間もなくの大きな地震でした。〈被災〉と〈支援〉の関係が一方的なものではなく、その関係がいつ逆転するかもしれない。〈明日はわが身〉。まさにお互いさまの関係にあるのだなあと強く感じています。

なお、誠太郎君の阿蘇での被災について書いた昨日18日のブログに、東京の多摩市で誠太郎君一家と親しくされていた小林さんという方からコメントをいただきました。安否がわからず心配していたが、このブログで無事を知り一安心したとのこと。小林さんには、当方より別途ご連絡をいたしました。まずはご報告まで。

東日本大震災のときもそうでしたが、大きな災害があると人の縁の不思議さ有り難さがいつも以上に感じられます。私だけではないでしょう。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 APU ほぼ日

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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