山浦さんの話し方

2月10日のブログで、山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)さんの講演と朗読劇のことを紹介しました。そして、この催しに参加したという、妻の同級生で〈けせんぬまさいがいエフエム〉のパーソナリティをつとめる横田真美子さんからコメントをいただきました。一部を紹介すると〈山浦先生の語りは、 私達の父親世代の語りとほぼ同じ! この頃では、めったに耳にすることもなくなったので、なんだか、子供時代に戻って、父親の話を聞くようで嬉しくもなりました〉とのこと。末尾に示したリンクからブログコメントをご覧いただけます。

本日は、その山浦玄嗣さんに関しての話題。3月10日の読売新聞朝刊に、作家の立場から震災の問題をいまも考え続けている池澤夏樹さんと山浦さんが語り合ったという大きな記事が掲載されていました。

山浦さん池澤さん
読売新聞3月10日朝刊より

冒頭部を引用します。

池澤 意外とよく、山浦さんとはお会いしてますね。

山浦 震災の後、ひょっこり家にいらしたんでした。

池澤 「ケセン語訳聖書」などで山浦さんのことを知った後、震災が起きた。インターネットの消息サイトでお元気だと知り、メールを差し上げて、読売新聞の取材で2011年4月に訪ねました。

山浦 あれから5年になりますね。途方もない時間が流れた気がします。

池澤 あの時、色々な話をしてくださいました。震災が起きたあの日、避難が遅れた奥さんを心配して山浦さんが自宅の2階に駆け上がった瞬間、1階に津波が押し寄せ、助かったこと。三陸鉄道沿いに2時間歩いて、おばあさんの血圧の薬をもらいにきた男性のこと。でも、薬不足のため少ししか渡せなかったこと……。

山浦 水道屋さんの話はしたっけか。工場の2階に避難したとき、津波の濁流に流されて手をつないでいるおじさんとおばさんを見つけたんだと。助けるために声を掛けると、おじさんは、「おれも好ぎでこんたなごとォしてるわけでァねァんだでば」と……。あの時でもみんな、ユーモアを忘れなかったんだな。(引用は以上)

「おれも好ぎでこんたなごとォしてるわけでァねァんだでば」ってのはなかなかいい。ケセンのユーモアか(笑)。この山浦さんの話し方、ケセン語の書き起こしはネイティブでないと難しい。記事原稿のこの部分は、山浦さんが校正し書き直したのではないでしょうか。ご著書のケセン語表記を思い起こさせます。

最後に記事の末尾にあった山浦さんの言葉を引用しておきます。

〈何も生えないような山だって、時間をかければ草が生え、木が茂り、雑木林になる。悲観しすぎることは何もないですよ〉

いい言葉だと思う。だけど、「おれも好ぎでこんたなごとォしてるわけでァねァんだでば」という言葉を知った後では、どうもきれいごとに聞こえてしまう。っていうか、私の書いているこの文章自体がなんともすましすぎているように感じられてきて。まいったなあ。本日はこれまで。

2月10日ブログ「ケセン語と気仙沼」
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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 山浦玄嗣 池澤夏樹 ケセン語

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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