元気な利英子さん

2月29日(月)の読売新聞朝刊の都内版面に前日開催された東京マラソンの記事がありました。その写真にうつる選手のゼッケンに〈がんばろう気仙沼〉の文字が。記事を読むと、気仙沼出身でIT会社を都内で経営する熊田(旧姓:小山)利英子(りえこ)さんでした。

読売新聞
2月29日読売新聞朝刊記事の一部イメージ(クリックで拡大)

津波に襲われた利英子さんの生家/実家は気仙沼の内湾に面する魚町海岸通り、別名屋号通りにありました。小山家(株)小山平八商店の屋号は〈マルキ〉です。3つほどの工場をもち水産加工業を営んでいましたが5年前の震災。津波などで大きな被害を受けましたが、現在は社長である叔父さんと専務をつとめる弟さんらが事業を再建中です。以下に、記事を一部引用させてもらいます。

 「一番つらいときに一緒にいられなかった」。避難所で家族の疲れ果てた顔を見て、悔しさと後ろめたさでいっぱいになった。東京で寄付を集める活動を始めた。
 健康のために40代なかばからマラソンを始めていたこともあり、震災翌年の東京マラソンで「がんばろう 気仙沼」と書かれたTシャツを着た。沿道や他のランナーから「応援してるぞ」と声をかけられ、勇気づけられた。
 復興に直接携わりたいという気持ちが強まり、2013年2月に気仙沼市の非常勤職員に。会社経営の経験を生かし、被災した経営者の相談に乗った。
 週末だけ夜行バスで東京に戻る生活が1年続いた。その無理がたたったのか、2014年5月、急な頭痛に襲われ、意識を失った。脳出血だった。ひどい後遺症はなかったものの、今も続くリハビリを支えてきたのは、「もう一度、東京の街を走りたい」という思いだった。(後略)引用は以上。

利英子さんのタイムは4時間19分47秒。目標の4時間20分を少し上回ったそうです。素晴らしい。

利英子さんは、昨年11月で通算8回を数える「気仙沼を元気にする会」の実行委員長もつとめています。昨年2月の元気にする会のときに、病後にも関わらず元気な姿を見せてくれたときには、私も本当にホッとしました。

なお利英子さんは、旧 鼎が浦高校30回生ですから、たぶん気中29回生。記事には54歳とありました。しかしリハビリ中にもかかわらず、フルマラソンを完走するとは、私などよりよほど元気です。また「気仙沼を元気にする会」などでお会いすることを楽しみにしております。目標をクリアしての完走、おめでとうございました。
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 熊田利英子 東京マラソン

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/64~65歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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