帰ってきた龍の松

震災後に「龍の松」と呼ばれていた気仙沼市岩井崎のクロマツが、2月17日に元の場所に戻されたとのことです。2月17日配信の仙台放送テレビニュースを紹介します。



ニュース内容を引用します。
〈気仙沼市岩井崎にあったクロマツは、震災後、「龍の松」と呼ばれ、復興へのシンボルとして、観光客などの注目を集めていた。しかし、津波をかぶって枯れてきたことから、市は、寄せられた寄付金2400万円をかけて、専門業者による保存処理を進めてきた。そして、17日、保存処理を終えた「龍の松」が、およそ7カ月ぶりに、元あった場所に帰ってきた。高さ2.7メートルの「龍の松」は、クレーンでつり上げられ、ゆっくりとコンクリートの基礎に下ろされていった。新たな「龍の松」は、枯れた幹をくり抜いて支柱を入れ、樹皮には防腐処置が施されている。さらに、横に伸びる枝の部分は、FRP(繊維強化プラスチック)で再現されている〉

引用は以上。2月27日には、保存記念の式典が行われるとのことです。

この保存処理を担当したのは、(株)乃村工藝社です。商業施設や美術館・博物館などの空間デザイン・施工分野で日本を代表する会社のひとつ。陸前高田の〈奇跡の一本松〉保存も同社の仕事です。

乃村工藝の名を見て思い出すのは、鹿折中学出身の高橋雅巳君。気仙沼高校美術部でふたつ下の後輩でした。私と同じく多摩美術大学に進みました。インテリアデザイン専攻で乃村工藝に就職したのですが、たしか7〜8年後、母親が営んでいた呉服店〈みよし〉を継ぐために帰郷しました。その後は、釣具やアウトドア用品を扱う〈ストリーム〉という店も手がけていましたが、その雅巳君の命を震災の津波がうばっていきました。

あれから5年か。震災さえなければなと、せんなきことをつい考えてしまいます。お店は、奥さんが東新城地区で〈MIXIMミキシム〉として続けているそうです。以前の鹿折かもめ通りにあった8店舗が集まっての仮設商店街〈東新城かもめ通り〉でしょう。どうぞ、近くにおいでの折にはお立ち寄りくださいますように。

2012年10月25日ブログ「雅巳君の遺志」
2011年6月6日ブログ「友人雅巳君の死」
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テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 龍の松 高橋雅巳 かもめ通り

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気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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