神様をあそばせる

前回2月 5日のブログの結びに「〈神様が喜ぶ〉と書いたら、気仙沼の〈神様あそばせ〉という行事というか集まりの名を思い出しました」と記しました。本日はこの話。

私が中学生だったころの記憶は、〈きょうは、だれそれさんちで、神様あそばせがあるんで行ってくる〉と言う母に、それってなあにと聞いたこと。〈神様をあそばせる〉という言葉が面白く感じられたのです。その後は〈おぢゃこのみ〉(主婦らのお茶飲みの会)的な集まりと理解しておりました。

いまは仙台で暮らす母に電話で聞いてみると、〈神様あそばせは、近所の女の人たちが集まるんだけど、どんなことをしたかなあ。思い出せないなあ。細かいことは忘れてしまったけれど、たしか、小正月のときにやるんだよ。年末や正月で忙しかった奥さんがたの慰労会みたいなところもあったんじゃないかなあ〉とのこと。先月末に満93歳となったので、記憶の衰えはやむを得ないでしょう。

ネットで調べてみると、気仙沼市唐桑町の宿浦にある早馬(はやま)神社のホームページの年中行事の説明で「日篭・神様遊ばせ」をつぎのように記しています。〈日篭〉ひかご?がどういうことなのかはわかりません。

◎日篭・神様遊ばせ
 神と人が一体となる神事、神と共に遊ぶ神事である神様あそばせ。
 年の始め、地域ごとに各家々の人達が集まり一年の家族、地域の無事を祈る志願祈祷を執り行い、神職の講話、後に御神酒、お茶、茶菓子、お煮しめを頂きながら地域の人達と和を広げ神、人と一体となってその時間を過ごす。
 この海に面した唐桑の土地柄男性は遠洋漁業など海上の仕事に従事したため女性が家を守り、安全を祈る役目であった。ゆえに参加する者のほとんどが女性である。また、女性が堂々と一日遊べる日でもあり楽しみにしている方も多い。
 年末には再び集まり一年の無事を感謝し、報賽の祈祷を行う。いつの時代から始まったのか不明であるが、昔から伝わる唐桑の習慣、伝統である。(引用は以上)

本吉唐桑商工会のホームページの〈唐桑の歴史〉の中にも記述がありました。

◎神様あそばせ
「 常に自然と向き合ってきた唐桑の暮らし。突然に襲う天変地異や事故から家族を守るため唐桑の人々はいつも祈ってきた。そのひとつが『神様あそばせ』。部落内の1年間の幸せを願って、年の始めに家々の代表者が集い地区内の神社へお参りをする。
 宿地区では、毎年総勢2~30人で近くの諏訪神社、熊野神社をまわり、早馬神社でご祈祷を受ける。オガミサマ(巫女)信仰の厚い中区では、オガミサマに1年を占ってもらう。「○月頃火事があるかもしれない」。そんな言葉に身をひきしめる。そして1年を無事に過ごすと、年の終わりに“果たし”をする。再びみんなで集まり、神様に感謝するのである。古来から伝わる唐桑の暮らし方だ。いつの時代から始まったのか、その語源は何なのか、年配の人たちもわからないという。」(引用は以上)

なるほどね。だけど、これは私の知る昭和30〜40年代の気仙沼市魚町の〈神様の遊ばせかた〉とはちょっと違うなあ。と思っていたら、鹿折(ししおり)中学36回生のブログ「鹿中36会」のなかに、私の記憶に近い説明がありました。

(前略/はじめに上述した早馬神社HPの説明の引用がありますが略します)ということらしいのですが、手っ取り早く言えばおばちゃんだずが40〜50人くらい集まって騒ぎまくるということ。我々の母親くらいの世代の人が中心なので、お母さんが出席したことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

白菜漬け、お煮しめ、ゆで笹かまにしょうゆと味の素かけたもの(激うま)等を食べながらの飲み会です。しむけんのバカ殿に使われるようなおばちゃんの笑い声が、2時間くらい続くので、自分が小さい頃はその異様な雰囲気に恐れをなしていました。

実家を出てからは、しばらくその声を聞いていませんが、おばちゃんの持つパワーというか、その世代の方々が持つ力強さを今ではとても懐かしく感じます。「負けでらんないね」(ブログ引用は以上)

鹿中36会は昭和42・43年生まれとのことですので、現在47〜48歳の方々。16歳ほど私たち気中20より若いのですが、そのお母様がたの〈神様の遊ばせ方〉は私の母の世代と同じようですね。

でもなあ、鹿折も魚町も5年前の津波で大きな被害を受けました。小正月のあたりに地区の主婦が集まって遠慮のないおしゃべりをくりひろげた〈神様あそばせ〉も今は無理でしょう。神様を遊ばせる場所が今はないのです。という結びがうまいのかうまくないのか。よくわかりませんが、新しい週がはじまりました。元気にやっていきましょう。
スポンサーサイト

テーマ : 東日本大震災支援活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 神様あそばせ

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

最近の記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
RSSリンクの表示