大島巡航船の軌跡

1月15日のブログ「1953年の鼎ヶ浦」で、昭和28年当時の気仙沼湾の写真を紹介しました。これは、気仙沼周辺の地域情報誌「浜らいん」2016年新年号に掲載されていたものですが、この号には特集記事に大変興味深い写真が沢山紹介されていました。

特集テーマは、〈大島汽船110年の航跡を辿る〉。明治39(1906)年に知事免許を受けて手漕ぎの渡船業を開始後、大正15(1926)年の「気仙沼内湾汽船組合」や昭和23年の「大島汽船株式会社」の設立などを経て、現在に至るまでの歴史をたどっています。

記事では、見開きで〈懐かしの大島巡航船〉を紹介しています。

巡航船
「浜らいん」2016年新年号より(クリックで拡大)

私が特に印象的だったのは、左下の2隻。〈大島汽船の船と共に島民や渡航者の足として活躍した市営汽船の二隻の巡航船〉。まずは〈やすなみ〉。小学生のころにのりました。

やすなみ

そして〈たつまい〉。近代的というか、ずいぶん立派な船ができたと感じたものです。記事に記載がなかったので、〈気仙沼文化史年表〉で調べたら1964年7月の進水です。東京オリンピックの年。私は気仙沼中学1年生。

たつまい

〈大島汽船〉のほかに〈市営汽船〉というのがあったのですね。知りませんでした。〈やすなみ〉については、小学校時代の地区海水浴などの思い出を2011年のブログ「浜辺のエレキ」で書きました。〈やすなみ〉の写真をみるだけで、小学生だったころにタイムスリップするような気分になるのが不思議です。

なお、大島汽船は、大島浦の浜〜エースポート間の一般旅客航路(定期航路)を、平成30年度の大島架橋開通に合わせて廃止することをすでに決めています。

2015年7月27日ブログ「大島定期船廃止へ」


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tag : 気仙沼 気中20 気仙沼中学 大島汽船 大島巡航船

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やすなみ&たつまい&敷島

何しろ内湾の家の前が船着き場だったので、この「やすなみ」と「たつまい」はよく覚えています。また当時は焼玉エンジンのポンポン船がドーナツ状の煙を吐いて、内湾を結構なスピードで滑るように波を切っていました
また敷島丸は随分と短い期間(S47-S51)だったのですね。キセルで使う刻み煙草の「敷島」と同じだったので、覚えがあります
エーノス

Re: やすなみ&たつまい&敷島

たしかに「敷島丸」もなつかしい。「やすなみ」もそうだったと思いますが、旅客室は畳敷きでしたよね。小学生のとき、大島に行くのは夏ぐらいでしたから、船にのるのが楽しかった。それと、高校ごろまでは、唐桑方面の寄港地、「鮪立」(しびたち)も「小鯖」(こさば)もなんと読むのか知りませんでした(笑)。
プロフィール

気中20回生支援会

Author:気中20回生支援会
東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒/65~66歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。

twitter:@kechu20

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